この保健室で-1
私はある学校の保健医をしている。なんてことはない普通の中学校で、時々一部の生徒のことで警察が見えるような、そんな学校の保健医だ。
小雨が降っていた。昼の休憩時間に、一人の女生徒がドアを開けた。
「どうしたの?」
とりあえず座らせる。
「お腹が痛くて。五限目、休ませて下さい」
苦笑いしてその子は答えた。派手さもない、地味でもない、普通の女の子だった。これなら大丈夫かと、一時間休ませようと判断した時だった。
「せんせえー、頭痛ーい。休むー!」
高い声と供に入ってきたのはよく名前を聞く問題児の女子だった。見事に制服を着崩している。顔色もよく、体調が悪いようには見えない。
…サボりにきたのだろう。
ふと座らせた子を見ると、俯いて微かに震えていた。
「…?」
なだめて問題児をなんとか帰すと、俯いたままの子に向きなおった。
「お腹だったわね?一時間そこで休んでね」
「あ、はい…」
息子への癖で、つい彼女の頭を撫でてしまった。
これがいけなかったらしい。
突然涙を零したのだ。
「あっ…ごめんなさ…っ」
必死に溢れる涙を止めようとする彼女を、数秒呆然と眺めてしまった。
見入ってしまうほどどこか痛々しかったのだ。
堪らなくなって、抱きしめてしまった。
「何か辛いことがあった?」「…っ!うっ、あ…っ」
そのあと一時間、彼女は泣き続けた。
少しだけ話してくれた。どうやら親とうまく言っていないらしい。
父親は単身赴任、母は父がいなくなった途端娘である彼女をこづくようになった。いやらしいことに大きな傷は残らないようにして。それでもいくつもの跡があった。火傷、切り傷、青痣…目を背けたくなるものもあった。
『再婚なんです。私が気に入らないって。いつも「死ね」って言われるけど、死んでなんかやらないわ。悔しいもの』
笑顔で彼女は私に言った。涙が出そうになり、彼女が強くて美しく感じた。
何故この国ではこんなことが起こっているのだろう。
何故この子はこんな傷を作らなくてはならないのだろう。
何故そんな母が存在しているのだろう。
この晩は眠れなかった。