明日への扉-1
冬の朝。相沢真希は電車に乗っていた。
4人掛けの対面座席の窓際に、ひとり景色も見ずに俯いて。6両編成の電車の乗客は3割ほどで、中でも制服姿なのは真希だけだった。
事は2時間前に遡る。
「真希。早くなさいよ」
憂鬱な表情でノロノロとトーストを食べる真希を、母親が急かす。
「分かってる…」
そうは言ったが、その気になれない彼女は〈ほう〉と、ため息を吐いて食が進まない。
もちろん、母親は娘の異変に気づいていたが、〈単に甘えてるだけ〉と知らぬふりをした。
「ホラッ、急がないと」
真希は仕方なく朝食を切り上げ、身支度を整えて玄関を出る。
(…はぁ……行きたくない…)
トボトボと駅にむかう真希。凛とした空気は、吐く息を白く見せる。
真希が高校に進学して初めての冬。未だ、彼女には友達と呼べるモノがいなかった。
いじめに遭っているわけではない。むしろクラスメイトは仲良くしてくれる。しかし、それは彼女が演じている〈相沢真希〉に対してだ。
県内でも有数な進学校。それが彼女の通う学校。中学の時、担任の強い勧めで受験したが、今では後悔の日々を送っていた。
満員電車に揺られる真希。次が降りる駅だ。その周辺には6つの高校があるため、そこから先になると電車の中はガラガラになる。
真希は降りなかった。
それから、何往復、電車で過ごしただろう。いつもの駅から、2つほど手前の駅に彼女は降りた。
高架駅を抜けると、その四方には同じ高さで歩道が巡り、駅周辺に立ち並ぶ商業施設へと繋がっている。
真希は先に見えるデパートへと歩みを進める。その顔に、先ほどまで見せていた陰うつさは無くなっていた。
デパートに着くと、彼女は迷う事なくエレベーターホールに向かった。そこは平日の開店直後のためか、真希以外誰も居ない。
柔らかい音の後にエレベーターの扉が開く。中には、50過ぎ位のオバサン2人が、大きな声で雑談を繰り広げていた。
(…うわぁ、ヤダなぁ……)
真希は、オバサンと視線を合わせないよう素早く乗り込むと、屋上往きのボタンを押して扉近くに立った。
すると、オバサン達は睨め付けるように真希をジロジロ見つめると、
〈…こんな時間に何してんのかしら?とっくに学校始まってるでしょうに……〉
〈サボりじゃないの?いやぁねぇ〉
本人達は小言のつもりだろうが、真希には丸々聞こえている。
俯き、再び陰うつな表情の真希。
エレベーターが止まり扉が開く。そこは4階だ。オバサン達は真希の顔を覗き込みながら降りて行く。
扉が閉まる。