明日への扉-5
「…オマエ、昼休みは楽しそうなのに、帰りは1人なんだな…」
「楽しそう?」
真希は俯いた顔を上げ、訝しげな表情で義之を見つめる。
「私、楽しそうに見える?」
義之は少し困った顔で、
「…そうだな。楽しそうだ、表面的には」
その言葉を聞いて、真希は義之の顔を喰い入るように見つめる。
義之は視線を合わせたまま、
「…オレ、中学の時にいじめに遭ってさ……その時、支えてくれたのが活字だった……どんなに辛くても読んでる時は忘れさせてくれた。何だがオマエを見てると、あの頃のオレとダブってさ」
突然の独白に驚きを隠せない真希。案外、見えてないだけで、つらい境遇を送っているのだ。
義之の言葉に触発されたのか、真希は俯いたまま言った。
「…私もそうかも……」
駅の明かりが見えて来た。義之はバスだからここまでだ。
彼は真希に微笑むと、
「相沢。明日はサボるなよ。宮沢〇治の本、持って来るからな」
「分かった」
真希も義之につられるように、笑顔で答える。
「じゃあな」
義之は、軽く右手を上げて駅を後にする。真希はしばらく、その姿を目で追い佇んでいた。
ー翌日ー
真希は義之との約束を破った。
いつものデパートの屋上。うずくまるミルを黙って見つめる真希。
何故ここにいるのか。本人にも分からない。昨夜までは義之との約束通り、朝から登校しようと思っていた。
しかし、今朝起きると、そんな思いは何処へ消え失せ、気づけばミルの傍に立っていた。
(…私、やっぱりダメだ……)
自責の念に駆られる真希。
すると突然、ミルは頭をもたげると周囲が気にするように、鼻を鳴らして首を振る。
(…えっ?どうしたのミル)
不安気に見つめる真希。
やがて、ミルの目は真希を捉えると、トコトコとそばに寄り座って彼女を見上げた。物静かで聡明そうな瞳。
(…やっと、見てくれた)
見つめるミルの姿が滲んでいる。いつの間にか、真希の瞳から涙が溢れていた。
2週間あまり。まったくの一方通行だった想いが、初めて通じた瞬間だった。