明日への扉-4
「…それ…何の本?……」
思わず口を付いて出た言葉。
その声に、義之は本から視線を外して真希を見上げる。
「これか?宮沢〇治の〈風の〇三郎〉さ」
「…ミヤザワ…ケンジ?…」
真希は初めて聞いたと言わんばかりに、目を見開いてパチパチと瞬きを繰り返す。
「オマエ…知らないのか?中学で習っただろう…」
義之は、知っていて当然と言いたげに、まじまじと真希を見つめる。そんな彼の態度に、普段なら作り笑いで受け流すのだが、その時は違った。
「…忘れちゃった。それ、面白いの?」
真希の問いかけに、義之は息を吐くと視線を遠くに移し、
「…なんだか落ち着くんだ。読んでる間だけ、その世界に没頭できるから……」
そこまで言うと、義之は口をつぐむ。つい、漏らした本音に顔が紅潮している。
そんな義之の表情が真希には新鮮に映ったのか、口元に笑みを浮かべると、
「…あのさ、余ってる?その…ミヤザワ…って本…」
「…どうしたんだ?突然……」
いつもと違う態度に、義之は困惑しながら訊いた。が、真希は俯き加減で〈なんとなく読んでみたくなった〉と答えるだけだった。
「…分かった。明日にでも持ってきてやるよ……」
義之は戸惑いの表情で答えた。
「うん…楽しみにしてるから」
真希にとって、思いもつかぬ行動だった。
5時限目の本鈴が鳴り響いた。
ー夕方ー
どんよりとした雲が藍色に染まる頃、真希達は下校する。普通の高校と違い、有名進学校の生徒達は、一般授業の後に7時限目と称して特別授業がある。
夕方5時を過ぎて帰路につく真希に、義之が近寄って来た。
「相沢。ちょっと待てよ」
振り返り義之を見る真希。その表情は、明らかに戸惑っている。
そんな事はおかまい無しに、義之は話掛けた。
「駅に行くんだろう。一緒に良いか?」
そう言うと並んで歩きだす。
真希は俯いたまま喋ろうともしない。
義之が沈黙を破る。