明日への扉-2
「クソババア…」
真希は呟くように感情を吐露した。
エレベーターが屋上に到着すると、真希の目の前にカラフルな遊戯場が現れる。コーヒーカップや回転木馬、動物の乗り物などが、閉じられた格子の向こうに並んでいる。
長い間、晒されているのか、あちこちペンキが剥がれ錆が目立つ。
昔は沢山の子供に愛された遊具達は今、静かに朽るのを待っているかのようだ。
真希はここに来ると、いつもしばらく眺めていた。
(私と同じだ……〈私の中の私〉が少しずつ朽ちていく……)
ここは彼女にとって、心休まる場所なのだ。
真希は、遊戯場の脇を通って奥へ進んだ。すると、小さな《ペットショップ》と描かれた看板が見える。
その途端、表情を緩ませる真希。たった今の気持ちなど忘れたように。
ペットショップは入口ドアーや、外に面した壁もガラスで覆われ、幾つもの重ね並べたケージに入れられた様々な種類の犬や猫、ウサギや鳥などの動物達が、その愛らしさを振りまいていた。
だが、その中で唯一、白い豆柴だけは違った。
他の犬が真希に愛想良く立ち上がり、しっぽを振っているのに対し、背を向けて身体を丸めている。
(今日も居る)
真希はしゃがみ込むと、慈愛に満ちた表情で豆柴をジッと見つめる。彼女にとって豆柴の姿は、己の運命を受け入れ半ば諦めているように映って見えた。
(…ミル、おはよう。今日も元気そうだね)
真希は豆柴の事を〈ミル〉と呼ぶ。むろん、勝手に名付けたモノでミルクが由来らしい。
ミルと初めて出会ったのは2週間前、クラスメイトの律子に付き合った時だった。
「見て!マキ。か〜わいい」
買物を終え、このペット・ショップに訪れた律子は、やたらと懐ついてくる仔犬達に表情を緩ませていた。だが、真希にとってその姿は、媚を売っているようで好きになれなかった。
そんな時だ。ケージの奥で丸まっているミルを見つけた。その様子が気になった真希は、休みの日や学校をサボった時に、ここに訪れてミルだけを眺めている。
長い間、しゃがんでミルを眺めていた真希は立ち上がる。
(ミル…またね)
気持ちが癒えたのか、ミルに手を振り何度も返り見ながら、彼女は屋上を後にする。
対してミルは、彼女に気づいた風も無く身体を丸めていた。