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あめんぼ
【悲恋 恋愛小説】

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あめんぼ-1

夏の終わり、秋の初め。
やっと残暑が和らいで夜はクーラーなしで眠れるようになった、そんな、ある日の夜。

俺の元に一本の電話が掛かってきた。
「あのね……、理沙が、死んだって。明後日、御通夜だって」
理沙というのは、8月の半ばまで付き合っていた俺の恋人だった。
その電話は急に闇が襲って来たように俺の心を真っ暗にしていった。
信じられなくて何度も何度も電話の相手に聞き返した。
相手は理沙の親友で、俺も顔を知っている子だった。
彼女によれば理沙はその子の家に行く途中で車に轢かれたらしかった。
二人で失恋パーティーをしようと、持ちかけたのはその子で、話している途中でわんわんと泣き出し、終いには俺も一緒に泣いた。
どれほどそうしていたのか、わからないけれど、気づけば電話は切れていた。
やり直せるとは思っていなかったけれど、愛していて、ちょっと前まで触れ合っていた人がこの世に居ないのは、辛かった。
電話が手から滑り落ちて床にぶつかっても、俺はそれを拾う事も出来ず、顔を手で覆って泣いた。
俺はまだ彼女の事を愛していた。

通夜の日は朝から何もする気が起きなく、大学もサボった。
もっとも、大学に行ったとしても理沙が居なくなった事で話題は持ち切りだろうし、彼女と仲の良かった女の子はずっと泣いているだろう。
俺もきっと腫れ物に触るように扱われる。
それが嫌だったのかも、しれない。
太陽が傾き始めた午後2時にやっと動き出した。
シャワーを浴びて、喪服を着た。
家のそこら中にまだ理沙の足跡が残っていて、その度に目頭が熱くなった。
それはたとえば、ピンクの歯ブラシだったり、彼女が好んで淹れてくれた紅茶の缶だったり、忘れていった下着だった。
なるべく見ないようにして、ネクタイを結んだ。
「ほら、曲がってるよ」
理沙の声が聞こえた気がして、顔を上げた。
誰も居ないすこし茶色くなった壁が目に映る。
胸が締め付けられる思いだった。
手を離さなければよかったと、思っている。

きっかけはお互いの時間のすれ違いだった。
メールをしても返事が来ない時間が増えて、俺は我慢が出来ても、理沙には辛かった。

だから、別れようと、言われた時、引き止められなかった。
俺だけが悪いわけではなかった。
けれど、理沙に辛い思いをさせたのは事実だった。
バイトを増やして、本当は旅行に連れて行くつもりだったんだ、と、言いたかったのに、言葉が出なかった。
そんな事の前に、俺は大事な事を忘れていたのだ、その時初めて気づかされた。

でも、あの時、引き止めておけばよかった。
そうしたら、理沙は死ななかったのだと、思う。

理沙の実家はすっかり通夜の格好をしていて、やっと本当なのだと実感した。
ここに冷たくなった理沙が居るのだと思うと会わずに帰ってしまいたくなった。
理沙は俺に会いたくないかもしれない。
ずっとそう思っていた感情が俺の足を止めていた。
最初に俺に気づいたのは理沙の母親で、姿を見るなり、小走りで近づいてきた。
「栄太さん」
頭を下げて挨拶をした。
「娘に会ってやって下さい。事故に遭った日までずっと栄太さんのこと話してたのよ」

目を赤く腫らし俺よりずっと辛い人が、笑いながらそう言った。


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