「もう一度、付き合いたい」-1
「もう一度、付き合いたい」
上着のポケットに手を突っ込む。
何も入っていないのに、ポケットの中が狭く感じた。
世の中うまくいかない時は本当にうまくいかない。
一年三ヵ月付き合った彼女には「もう冷めた」と一ヵ月前にふられ、卒業試験が近付き、就職先も決まっていない。
いっそ旅人になりたい。
おもしろいことないかな、が口癖で、おもしろいことって何?と聞かれても答えることが出来ない。
たいした悩みは何もないのに、漠然とした不安はいつも付きまとう。
自分が恵まれていることは知っているのに。
現代人らしい悩み。
駅前をぶらついているとストリートミュージシャンがギター片手に歌っている。
彼らの年令を予想しながら、目の前を横切る。
最悪の気分のときは、どんな音楽も欝陶しく感じる。
ふと、携帯で話す女の子の会話が聞こえた。
「もう遅いけん、予約は明日にしよーわい」
別れた彼女と同じ地方の、方言だった。
すれ違った子の後ろ姿を確認するが、彼女とはまったく違う髪型に体型だった。
自分は何も感じずに生きているんじゃないか。
無感動で、無関心で。
そういう風に生きている自分がいて、
これからもただひたすら流されて生きていくことが、
自分の中で恐かった。
失恋したときも
こんなものか、と思う自分がいた。
でも同時に
その状況をまったく受け入れていない自分もいた。
感情を押さえるスキルがどんどん上昇して、
人生を無難にやり過ごすことが最終目標になった。
でも、本当はたぶん、すごく悲しい。
涙が目にあふれた。
1年3ヵ月。決して短い時間ではないと思う。
本気で好きだった。何度も喧嘩をして、そのたびに仲直りをした。
嫌いなところもあったけれど、好きなところが数えきれないくらいあった。
笑顔が好きだった。
努力家なところが好きだった。
よくいたずらをするところが好きだった。
そのあと笑いながら「ごめんね」と謝る姿が好きだった。