その一粒の-2
「クマノミだって、ホワイトデー頑張らなきゃ駄目なんですけど?」
「なんだよ、何が欲しいんだ?」
バイト代は、殆ど格闘技の月謝と携帯電話代と交通費で消えるって云ってたクマノミ。
お金の事が心配なのか、眉をしかめた。
「高いものなんて頼まないよ。だってアタシがあげるのチョコだもん。だからさ、クマノミはクッキー焼いてよ」
アタシの言葉に、クマノミは目を丸くした。
「お菓子で良いのかよ」
「良いよ。昔話じゃあるまいし、わらしべ長者だっけ?手作りのお菓子あげて高い物もらうなんて出来ないよ」
「お前きっと、女的な幸せは遠いぞ」
クマノミはそう云って眼鏡を直した。彼は黒縁の眼鏡をかけている。
「チョコをやって、バッグとかアクセサリー貰う人生送れないぞ」
「んー、別に良い。アタシ、賢くないから。女として幸せになれなくても、アタシはアタシなりに幸せになるよ。大体、今幸せだし」
「高崎、お前良い奴だな。そういうところが、まあ」
教室の中だから、クマノミは凄く凄く小さい声で呟いた。
―――好きだな。
「クマノミの、あほう」
アタシは恥ずかしくて、机に突っ伏した。
苦いチョコが欲しくなった。
*
「それで私に、チョコ作りを教えて欲しいって?」
「そう。翼子、何でも上手に作るじゃん。お願い!」
手を合わせてアタシが拝む相手は、隣のクラスに居る友達の大豆生田翼子。
おおまみゅうだ、つばさこ、なんて派手で激しい名前の持ち主。
本人の性格も激しかったりする。
「シズ。自分の体にチョコ塗りたくって、クマノミ君に舐めてもらう位の事しなさいなッ!」
「何でそんなエロスな事云うの!そんな事出来ないよ、翼子じゃあるまいし!」
翼子には年上の彼氏が居る。
おっとりした人で、なんとまあガラス職人をしているらしい。珍しい人種だよね、多分。
更に驚いた事に婚約までして、オトナの関係なのだそうだ。
「私はそんな事しません。下品な」
「そんな事発言するあんたが一番下品じゃん!」
「ああそうか」
アタシの言葉に頷いて、翼子はケラケラ笑った。
変わった人だ。そこが面白くて一緒に居るんだけど。
「まあ良いか。私もショーリに作ってあげるから、一緒にやろう」
「おっ、やった!」
ショーリ、と云うのが翼子の彼氏だ。
菅川勝利って名前なんだけど、本当はまさとし、と読む。
それを翼子が勝手にショーリと呼んでいて、菅川さんも従っているらしい。
ちょっとしっかりしろよ、ともアタシ辺りは思う。