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大きな木の下に
【ミステリー その他小説】

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大きな木の下に-2

「迷っちゃ…悪いのか?誰だって、死にたくないんだ」
「それなら、あたしも殺してくれればいいじゃない!あたしはまだ一人じゃ生きていけない…このままじゃ他の敵に食べられちゃうのに…。知ってるよ、そういのって、ぎぜん、って言うんでしょ」
僕は心の中で葛藤した。
猫の命を救おうと自ら犠牲になったのに!
だけど、彼女の言う通り、母親を亡くしたまだ小さい子猫が生きて行くのは難しく、いずれ死に至るのも事実だ。
では、僕が判断したことは間違いなのか?猫の親子を助けたかった。だけど助けられたのは子猫だけ…その子は一人では生きられない。どうすれば良かったんだろう?そして母猫は、なぜそれを承知で僕の車に飛び出してきたのだろう?
そう疑問に思ったとき、僕は昔母が僕に言ってくれた言葉を思い出した。

それは他愛もない会話だった。ニュースで流れた一家心中の報道で、巻き込まれた幼い子供に、母が『可哀相だ』とぽつり呟いたとき。僕は『一人残されるよりいいと思う』と反論したことがあったのだが、そんな僕に、母はこちらを向かずにこう言った。
『それでも、生きていてほしいんだよ』
と…。なぜか酷く心に染みたその言葉の真意が、僕は今なら解る気がした。

「いいよ。僕が君のママの代わりになるよ。親子は離れ離れになるべきじゃない…」
僕は先程生まれた怨みに似た感情を、母の想いで打ち消した。
僕が死んでも、母にはまだ父がいる、妹がいる。それでも母はきっと僕の死を悲しむに違いない。だけど今目の前にいるこの少女の気持ちが痛いほど伝わり、見捨てることができなかった

「…いいの?……ありがとう」
暫くの沈黙の後、そう言って微笑んだ少女の表情は、暖かく、美しく、はかなく…気付けば僕も、自然に微笑みを返していた。

−−刹那。

目の眩むような光りに僕の意識は流された。途端に身体中の痛みと異様な気怠さが僕を襲う。
…目が、覚めた?
真っ白な、部屋。先程と違って、様々な器具が視界に入る。どうやら病室らしい。
「あら、目が覚めたの?良かったわねぇ、ここ数日ずっと昏睡状態だったのよ」
近くで点滴を取り替えていた看護士さんが、驚いて嬉しそうに語りかけてくる。
僕は身代わりに…なっていないのか?
あれは、…夢?
朦朧とした意識の中、少女を思った。不思議な感覚だった。
「あら、あの子猫…可哀相に…」
「…!」
看護士さんが不意に窓の外に視線を移し、呟いた一言。僕は瞬間的に悟った。
…あの少女だ!
「君がここに入ってからずっと、窓の外の大きな木の下に真っ白な子猫がいたのよ。生まれてそんなに日にちが経ってないみたいだったから…やっぱり生きられなかったみたいね。人が近付くと逃げて捕まえられなかったの。可哀相に…あの木の下に埋めてあげましょうね」
…身代わりになったのは、あの少女なのだ。
最後に『ありがとう』と微笑んだ少女の表情が鮮明に脳裏に焼き付いている。
なぜか涙が溢れ出して止まらなかった。果たされなかった母の想い…短い間しか生きられなかった少女の一生…僕の命はその重みを背負うことができるだろうか?
だけど、僕は思った。
僕が彼女たちの生きた事実を記憶に刻んでいれば、あの笑顔を忘れずにいれば、それがせめてもの償いになるのではないかと…。
大きな木の下に、小さな子猫の身体が埋まっている。僕はそれを決して忘れない。
そして彼女たちの想いを胸に…何よりもこれからの僕が、迷わないために。


  〜Fin〜


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