Blackmail-2
恭香のソプラノが広いフロアに響く。
「結論がなってないわ」
そう言って言葉を続ける。
「過去5年間の月別販売グラフと年間販売数の変動。これに景気動向を加味して、今後の指針を提案しなきゃ意味無いの。作り直して」
恭香は持っていた書類を琢磨に突きつける。琢磨はそれを受け取ると、身を縮込ませて深く腰を曲げた。
「申し訳ありません!見直します」
そう言って肩を落とし頭を垂れ、デスクに戻る姿は憐れこの上無い。琢磨は自分のデスクに戻ると深くため息を吐いた。
「朝っぱらから絞られたな」
琢磨に声を掛けたのは、同僚の岡野仁志だ。岡野はディスプレイを見つめキーボードを叩いている。
「…まったく……あの〈女史〉には参ったよ」
琢磨もディスプレイを眺めながら返答する。
「しかし、この会社は彼女のおかげでここまで来れたんだ」
「分かってる……」
慰めとも、諦めとも取れる岡野の言葉に、琢磨は小さく相づちを打つと資料見直しに取り掛かる。
事実、役職としては部長だが、会社の経営指針を決定しているのは恭香だった。
会社設立当初、社員は親会社の出向者で構成されていた。当然、親会社が出すわけだから、使いモノにならない〈窓際族〉が大半を占めていた。
彼等は〈給料分の仕事さえすればいい〉というメンタルの持ち主で、それが社風として残っているため業績は芳しくなかった。
就任してひと月後、恭香は業績を改善すべく大ナタを振った。
欧米式経営を取り入れ全社員を契約社員とすると、やる気の無い社員を次々と解雇して行った。そして、やる気に溢れる者を役職へと引き上げ、新しい血を会社に注ぎ込んだ。
結果はすぐに表れた。社風はガラリと変わり、業績もプラスに転じたのだ。
そんな恭香に対して逆らえる者は一人もおらず、社長でさえ一目置く存在だった。
岡野の言葉が続く。
「…まあ…それも後3ヶ月だ。我慢しろ」
「どういう意味だ?」
意味深な発言に、琢磨は怪訝な表情を浮かべ岡野の顔を見つめる。
岡野は、一際低い声で、
「…業績を買われてな…本社へ栄転らしい。それも本部長待遇で」
「…そうか……」
再びディスプレイを見つめる琢磨。岡野の言葉に安堵したのか、柔らかい表情を浮かべるとキーボードを叩き始めた。