『my dream』-5
伸輔達と話を終え、マンションの自室に帰る前に今度は管理人の志摩さんに会うために管理人室に向かった。一人暮らしの俺を息子のように可愛がってくれたので挨拶しておきたかった。管理人室に入ると待ってましたとも言わんばかりに志摩さんは俺を歓迎してくれた。
「おかえり。東条君。」
「ただいま。志摩さん。俺の部屋、勝手に誰かに貸してないだろうね?」
「バカ言うな。貸す相手もいないぐらいなのに。」
言葉の問題もあって、こんな冗談を言える人は向こうではなかなかいなかった。だから今自分がこうしていられる事で本当に帰ってきたんだと実感できた。一通りの挨拶を済まして帰ろうとした時、志摩さんが思い出したように言った。
「あ、そういえば友達が来てるぞ。」
「え?誰?」
「さあ、よくは分からないけど…女の子だよ。二時くらいにはもう玄関の前で待っていたんだ。傘差して来たみたいだが、この土砂降りだ。ひどく濡れてたよ。何時帰ってくるか分からないし、ストーブを入れてあるから管理人室で待ったらどうだって言ったんだけどな。ここで待ちたいって言うんだよ。放っておくわけにもいかないからタオルとお前の部屋の合鍵を貸してやったよ。」
「それ…本当…?」
「あ、ああ。まずかったか?」
彼女だ。確証はなかった。でもそうとしか考えられなかった。俺はそこに荷物を置いたままエレベーターを使う事も忘れ、非常階段を一心不乱に駆け上った。さっきまであんな事を思っていたのに何故こんなにも必死なのか自分でも分からなかった。ただ彼女が俺を待ってくれている。そう思った瞬間、体が動いた。そして俺は自分の部屋に帰ってきた。鍵を開けて中に入ると、彼女の靴があった。周りのコンクリート床の濡れ方から、かなり濡れていた事が分かる。部屋に上がり、彼女を見つけた。リビングで首にタオルを掛けたままソファーで寝ていた。彼女は俺の気配に気付いたのか、うっすらと目を開けた。
「直くん…?」
彼女が俺を呼んだとき、自分の中でさっきの喜びが消えるのと同時に、あの不安が蘇るのを感じた。何を言われるだろう?俺が不安の渦に飲み込まれている中、彼女は言葉を続けた。
「…どうして?」
「えっ?」
「どうして黙って行っちゃったの?私があんなひどい事言ったから?」
思わぬ一言だった。罵倒される覚悟はしていた。しかし、俺には今の状況がはっきりとは分からなかった。ただ確かなのは彼女が俺に対して俺が勝手に想像していた気持ちはないということだ。俺は答えられず、しばらく俯いたまま立ち尽くしていた。すると、しばらくして彼女は震えた声で言った。
「やっぱり、そうだよね…」
それだけを言うと彼女は帰り支度を始めた。俺は頭が混乱して、どうすればいいのか分からなかった。彼女がゆっくりと立ち上がり、俺の横を通り過ぎようとしたとき、耳元でかすかに聞こえた。
「…ごめんね…」
それを聞いた俺は通り過ぎるようとする彼女の腕を掴み、気付けば彼女を腕の中へと引き寄せていた。
「何で謝るんだよ…」
俺の声も震えた。少し泣きそうだった。
「だって殴っちゃったし…」
「そっか…」
「痛かった?」
「マジ痛かった」
「ごめん」
「俺の方こそごめん…」
雨音の鳴る部屋の中で抱き合ったまま、しばしの静寂が流れた。どの位してからだろう。彼女が先にその静寂を破った。
「ねえ?直くん、夢…見つかった?」
彼女は笑顔で問い掛けてきた。決して皮肉なんて混ざってもいない、一年前と同じ屈託の無い笑顔だった。それを見てから俺は答えた。
「うん。見つかったよ。」