辛殻破片『仄暗い甘辛の底から』-9
「たとえ何であろうと、ダイスキに決まってるじゃないですか、ショウちゃんなんだから。
あの時も言いました、ずーっっっと、愛してますよ、って。
顔が真っ赤になるほど照れくさくって、がんばったのに、ダイスキなのに、届かない場所にいてぜんぜん掴めそうもない。
私、常人を凌駕するほど遙かに独占欲が誰よりも強いものですから、すぐに病んじゃう。
ダイスキなのになあ、あは、ははは」
ダイキライ。
◇
まただ。
変な言い方だが、僕は机に座りながらずっと、凪を見つめていた。
うにゅうにゅと口を動かす、凪の幸福感満ち溢れる寝顔を、ずっと。
再び聴こえた。
『凪』が僕を呼ぶ声。 今度は正確に、ハッキリと。
「ショウちゃん」と。
今この場で寝ている凪は、" 寝ている "のだ。
凪に向かい合わせ、口を開く。
「確かに聴こえるよ、秀麻 凪。 僕はここにいる」
変化はない。
「だけど、君はどこにいるんだ」
ある訳がない。
「…オーケストラ劇団にでも入るつもりなのか?」
話しかけられるまで、本当に気が付かなかった。
「…いるならいるってちゃんとさ、順序を踏むべきだと思うよ」
振り返りつつ、照れ隠しの言葉を投げ掛ける。
思いの外、透は険しい顔をしていた。
「ふう……あっ! しょ、将太さん! 遅くなってしまい、まことに」
更に後ろから、学校の制服を覆っている聖奈さんがひょっこりと顔を出したが、
「申し訳…。 …………?」
この空気を読めないのか、頭を傾げた。
「……透…?」
明らかに様子がおかしい。
僕を見つめたまま固まって…いや…?
透の視線の先にあるものは僕じゃない、凪だ。
今度は何を思ったのか、早足で近付いてきた。
「な、なに? とお、る…」
修羅のようなものを感じた。
憤怒の念と言えばいいのか、上手く説明出来ない。
それらは確実に透から放たれている。
「さっき、聖奈さんから聞いたんだ」
凪の近くでピタリと止まった。
「こいつがおかしくなってしまったってことを…」
誰に語りかけているのか、わからなかった。 だから僕も聖奈さんも声が出なかった。
「それで、由紀奈にも聖奈さんにも迷惑をかけたらしいな」
…腕が震えている…。
「どうせ将太にも何かやったんだろうが…」
この上ないほどに自らの拳を握りしめて震えている…!
「テメーはすやすやとお昼寝中か?」
驚く前に、無意識の内に体が動く。 僕は透に飛びついた。