辛殻破片『仄暗い甘辛の底から』-10
「ふざけんじゃねえよ!!」
驚いてもいられなかった。
透は何だかんだと言い、たとえ凪にでも、女性に手を上げることは決してなかった。
その透が、初めて女性を殴ろうとした。 故に、僕は止めたんだ。
「こういう女はなあ! 一回くらい本気で殴られないと永遠に治らずに終わるんだよ!」
押さえつけてたって、到底僕の力なんかじゃすぐに振り解かれるかもしれない。
だけど、凪も透も大切な親友だと、既に決まっている。 非力でも止めなきゃいけない。
「何が愛だよ! 自分も友達も捨てて勝手に悲劇のヒロイン演じやがって! 自分一人じゃ何も出来ないのに無理してる女が! いざとなったら簡単に他人を頼りやがって!!」
がむしゃらだった。
目一杯叩かれた様な気もするけど、痛みを感じるには程遠い。
透を止めることにしか頭が回らなかった。
更に現実は非情で、力もなく突き飛ばされるだけ。
結局何の役にも立たない僕だ。
こんな時に親友も守れない僕。
悔しくて情けない、悲しすぎて自分の無力さを呪いたい。
目から零れた滴が頬を伝う。
ひんやりとしてて冷たかった。
───ぱんっ
優しさの裏側に厳しさをも存在させる、独特の音が部屋中に響く。
「いい加減にしなさい」
この荒れた場には相応しくない、絶対零度の落ち着いた声。
声を辿る。
先の透とは違い、今の透はあっけらかんとした表情を作っている。
透のすぐ目の前にいた人は、静かな声の主、聖奈さん。
口の端から血の雫を滴らせていた。
「頭を冷やさないと、いいえ、」
落ち着いた声は、段々と冷めた声に変わっていく。