辛殻破片『甘辛のエクリチュール』-4
どこだかはわからないけど、人の気配を全く感じない場所だということはすぐにわかった。
太陽が全く入ってこない、暗い場所。
そこには、わたしと、わたしが連れてきた一人の少年だけが存在した。
少年とは言え、わたしよりも少し小さいくらいの体格だが…。
「まず、質問をします。 えっと、答えられないことがあったりしたら適当に流して下さい」
その少年は『刃物』を大事そうに手の中に納め、いつまでも俯いたままで静かに質問を待っている…ような気がした。
二回咳払いをし、優しく問う。
「…キミは…見たところ、中学生かな?」
「…………」
言葉は聞けなかったものの、ちゃんと返事はしてくれた。
小さく縦に頷いたところを、わたしは一瞬たりとも見逃さなかった。
わたしが無言で手を伸ばすと少年はびくりと体を震わせたが、そんなことも構わず、未だ幼い手に触れる。
手と手が艶めかしく絡み合い、わたしの手は" 少年の手中にある刃物を取った "。
刃先に真っ赤な液体がべっとりとくっついた『刃物』を。
「それで…これはナイフね。 どこから持ってきたの?」
「……家、から…」
不銹鋼で作られており特に特別でもない、どこの家庭にでも置かれているような黒い柄が付いているナイフ。
だがこの場合、それが『ナイフ』かどうかを見極めるのは、決まって難しいことじゃあない。
「そう…」
次に気になるところは、少年の服装。 まるで血が飛びついたかのように、胸の部分が見事に赤で染まっていた。
わたしも付着してしまったけど。 …遠くから見れば、固定概念が一瞬の内に邪魔をしてくるだろう。
…ふと気付く。
「…もちろんわかってるわ。 怖いよね、知らない人から急に詮索されて…」
「……」
人の変化というものは、そんな簡単には出てこない。 時間をかけて、ゆっくりと揺さぶりながら出していくものだ。
しかし、遣り口を変えなきゃいけない。 目の前にいるのはあくまでも『少年』であり『子供』であるのだから。
「けど、少なくともわたしはキミのことを聞く義務があるの」
「……」
小刻みに震えていた少年の手も、次第に振動が大きくなっていった。 八割は恐怖からくるものだろう。
少しでも心を和らげさせようと、その華奢な身体を抱き包む。 汚れにだって拘泥しない。
───昔を思い出しながら、あの子に囁くように。
「お姉さんに教えてほしいな」
小声でも、少しずつ…ぽつり、ぽつりと話してくれた。
ほぼ大凡の事柄が予想通りだった。