辛殻破片『甘辛のエクリチュール』-3
コンクリートの壁に手を付き、しばらく経ってから安堵の息を吐いた。
「…年相応じゃない気がします…」
ハーフは年を重ねるに連れ、体が衰えてくるのでしょうか。
それとも、身体が特別だからとか…本当におばさんくさいです、わたし。
そんなことはさておき。 早急に戻らないといけないのでした。
壁に付かせていた手を離し、腰を擦りながら歩くことにした。
と、ここで違和感。
お腹の横辺りに、なんだか余計な肉…悪く言えば、贅肉…が付いているような。
そういえば───。
──昨日の夕方、将太さんに『おまじない』をかけて走り出した、すぐのこと。
偶然、ばったりと透くんに出会ってしまいました。
自分でも気付かなかった…目から零れていた涙を、透くんが抱きしめて、拭ってくれました。
その、直後。
お尻の周りとかを…何か…こう…嫌らしい手つきで揉まれました、しかも公衆の面前で。
離れたくても抱擁されてる状態だから離れられなくって。 そして挙げ句の果てには、
「ん? なんかここ、ぶよぶよしてませんかい? いや、由紀奈よりやーらかいからいいけど」
…顔が非常に熱くなり、本当に死にそうでした。
ああいう時、どんな顔をして怒ればいいか…ぜひ由紀奈ちゃんに教わりたいです。
けれども、どうしても、何をやられても、透くんを怒れないのはわたしが甘いからでしょうか───。
「…はぁ」
どうでもいいことを思い出しても、何も変わらない。
とりあえず、今は出来る限り前向きに、凪さんのことを考えないと。
「……よーし」
大人のわたしががんばらないといけないのだから…。
腰の痛みも治まったし、早歩きで行こう。
姿勢を戻し、いざ歩こうとした刹那。
そう、瞬きをする速度と同じくらいの刹那。
「ひゃ…!?」
前方から急に何かがぶつかってきて、腹部の中心に尖った何かが刺さり、軽い痛みが滲み出てくる。
「つっ………え?」
ぶつかってきた何かと尖った何かを目で確認した時、瞬時に冷静になれた自分がいた。
高揚も動悸も起きず、ただひたすらに、脳が的確に事態を処理していく。
一気に情報が流れ込んでくる。 全部入るかどうかさえわからない、膨大な量の情報なのに。 でも、それでも…
いつだってわたしのアルゴリズムバランスは崩れなかった。 この瞬間だってそうに決まってる。
「早く立って、それから人のいない場所に行きましょう。 なるべく早く」