粉雪〜もう一つの物語〜-1
−『後悔先にたたず』とは、昔の人はよく言ったものだ。
僕はわざと彼女のSOSに気付かないふりをしていた。
自分が愛されていると感じたいがために。
ムキになって怒る彼女を見たいがために。
後から謝ってフォローすればなんとでもなる。僕の身勝手な考え。
それがますます彼女を追いつめたとも知らずに。
まさか永遠に失ってしまうことになるなんて。
一度溶けてしまった雪の結晶は、もう二度と同じ形に戻らない。
そんな当たり前のことだったのに…。
−
告白したのは彼女の方だった。
「…好き」
たった一言、搾り出した声。携帯ごしでも伝わる震える手。
「全然気付いてなかったでしょ」
いつもの調子で無理しておどけて見せる。
「うん…」
「だよね、やっぱり…」
嘘だった。
僕はずっと前から気付いていた。
僕の言動に一喜一憂して、『鈍感っ』と呟く姿。
そんな彼女がたまらなく愛しかったのだ。
「つきあおうか」
「え…嘘でしょ?」
今度はほんとだよ。もっと早く言いたかった。
「嘘でもいいの?」
「…やだ、そんなの」
あわてて否定する彼女。
「じゃあつきあうの?」
あくまで上の僕。ちょっと悔しそうだ、でも。
「…うん」
結局うなずく彼女。泣いてる声が聞こえる。
愛する彼女と愛される僕−幸せだ。
こうして僕の中で勘違いが始まった。
それからもよく僕は嘘をついた。
仕事、友達、家族、理由はいくらでも思いついた。
残念そうに曇る顔。そこにさしのべる僕の言葉。
「…一緒にいたいのは君なのに。会いたい気持ちは同じだから」
すると彼女からこぼれる満面の笑み。
その時すでに、彼女は偽りの笑顔を繰り返していた。
次第に荒れていく二人の会話。
「また仕事!?」
「しょうがないだろ」
「会えるって言ったじゃない」
「だから謝ってるだろ」
「何それ」
「…」
「…」
「…また電話する」
耐え切れなくて電話を切った。
僕は彼女の態度が変わった理由に気付いていなかった。
僕は恐かったのだ。真っ直ぐに気持ちをぶつけてくる彼女が。
嫌われたくない。どうしたらいいんだ。
彼女が愛しくてたまらない。どう伝えたらいい?
悩み抜いた僕は、一つの嘘を思いつく。これで全て上手くいく。
僕は最後まで愚か物だった。