信号が変わったら-1
日が傾き、差すような外気から逃げるように足を急がせて帰路に着く。
横断歩道の向こう側に愛しい後ろ姿を見付けた。
そういえば彼女もこの駅だったと思い出す。駆け出しそうになる足を信号の色が止めた。そして彼女は人込みに紛れていった。
去年の今頃だった。
俺と樹梨が別れたのは。
理由などなかった。
ただ、長く一緒にいすぎたのかもしれない。
高校卒業と同時に付き合い始めて七年間を共にした。
別れを切り出したのは俺からだった。社会人になり仕事もやっと自分一人に任されるようになった頃。
順調にいけばそろそろ結婚なんてことも考えられた。しかし、俺はどうしてもそこまで踏み切れなかった。彼女との結婚生活が考えられなかった訳ではない。
ただこのまま彼女との関係を流れるように過ごしていくのが耐えられなかった。彼女とだから?いや違う。流されている自分に嫌気が差した。
それに重なるように俺には新たな出会いがあった。
会社の後輩だった。
最初は仕事や人間関係の悩みなどの相談にのる程度の関係だった。それがいつしか彼女と樹梨を比べている自分がいた。
彼女は――美優は本当に可愛らしい人だった。
俺の肩に満たないほどの身長に流れる明るい茶色の髪。透き通る白い肌に目尻の上がった猫目。入社当時からその容姿は噂になっていた。
どちらかと言えば樹梨は綺麗なタイプで美優は可愛いタイプだった。
酒を飲めば頬を染める彼女は可愛らしくて、白い肌も魅力的で、体に似合わない大きな胸も官能的だった。
そんな彼女の存在もあり樹梨に別れを告げた。
この七年間に何の未練も残らなかった訳ではない。
しかし今となっては何も思い出せない。初めてデートした場所も、初めてキスした場所もどちらから好きになったのかも。
あっけない終わりだった。樹梨はもともと竹を割ったような性格だったから泣き縋るような真似はしないだろうとは思っていたが、理由も聞かずあっさりと返事をするとは思わなかった。察しのいい人だったから、俺の変化に気付いていたのだろう。
あれから一年が過ぎて、思い出すのは樹梨のことばかりだった。
別れた後でも樹梨と美優を比べている自分がいた。
彼女は美優のように瞳を潤ませるようなことはせず、酒を水のように飲む人だった。いつだったか駅のホームで吐いてしまい駅員に怒られたことがあっが、そんなことはお構いなしにすっきりした表情で電車に乗り込む彼女を俺は愛した。
彼女は美優のように酔って甘えてくるようなことはせず、飲むだけ飲んでいつも先に寝てしまう人だった。寝室に運ぶのはいつも俺の役目で、腕の中で安心しきって幸せそうに眠る彼女を俺は愛した。
彼女は美優のように大きな胸ではなく、大人びた顔立ちに似合わない小さな胸だった。有り余る乳房より俺の手にすっぽりと収まる小さな胸を俺は愛した。
彼女は美優のように目尻の上がった猫目ではなく、たれていて黒めがちの目だった。いつもは凛とした表情をしていたが俺にだけ見せるくしゃくしゃの笑顔を俺は愛した。