粉雪-1
「あ、雪」
誰かの声にパソコンから目を離す。
一瞬のつもりが、手を止めて見ていた。
「だから寒かったんだねー」
隣の声に我に返り、
「そうですね」
と当たり障りない相槌をうった。
またパソコンの画面と向き合う。
雪など珍しくもなんともない。
いつものことだと思いながらも、別の景色が重なってくる。
忘れたくても、忘れられない白い景色−。
「なんで雪なんて降るのよ」
誰かの声がする。
−違う。これは私の声だ。
少しだけ目を閉じた。
1年前の私が目を覚ます。
−
「また仕事!?」
「しょうがないだろ」
「会えるって言ったじゃない」
「だから謝ってるだろ」
「何それ」
「…」
「…」
「…また電話する」
耳に残る規則的な発信音。
もうこんな会話何回したんだろ。
数えるより先に終わりが見えた。
誰よりも好きで失いたくない人、だから。
私だけ見ててほしかった。
本当に仕事忙しいの知ってる、のに。
会いたいって困らせてばかりだった。
もう無理なら言ってほしいのに。
なんで『また』って言うの?
携帯離せないよ…。
−あきらめかけた一週間後。
忘れられない11桁の数字が光った。
これが最後?
手が震える。
「…もしもし」
「連絡しなくてごめん」
久しぶりの声。寂しそうだね。
私もきっと同じ声してる。
「仕事忙しかったの?」
「…転勤が決まってその準備で」
予想もしない言葉が返ってきた。
「どこ?」
「…九州」
行ったことない。どのくらいで着くか知らない。
わかるのはこの街からすごく遠いことだけ。
遠恋は無理だって言ってたよね。
私が仕事辞めたくないの気付いてるよね。
何も言わないからわかる。
私を傷つけない方法考えてる。
沈黙。それが全ての答え。
優しいあなた。大好きなあなた。
私が言ってあげるね。
「もう、終わりなんでしょ?」
沈黙が少しかわる。
「じゃあ、元気でね…」
「一緒にきてほしいんだ!」
「え…」
「勝手なこと言ってるのはわかってる」
ほんと勝手だよ、突然。
「でも、だめか?」
すがるような声。やめて。やめてよ。
「今日四時の新幹線。待ってるから」
途切れる彼の声。
嫌いな規則的な発信音。
次の瞬間コートを手に取っていた。
バス停まで10分。そこから駅まで30分。
まだ間に合う
ずるい。ずるい。すがりたいのは私。
あなたは始めからわかってた。
私が追い掛けてくること計算してた。
ずるい。ずるい。
簡単な荷物をもって扉を開けた、−その時。
「…何これ」
一面の雪。雪。雪。
私の足は簡単に埋もれてしまった。
さっきまで降ってなかった。
この街ではよくあること。だけど、なんで今?
顔に向かって飛んでくる無数の雪。
縺れる足を引きずってバス停に走る。
肩で息をしていたのが嘘のように寒さが襲う。
手と足の指先の感覚がなくなる。
速度を落とした車が不憫そうにいくつも通り過ぎた。
早く来て。早く。
あの人が待ってる。会いたい。
会いたいよ…。