わたしと幽霊‐痛み‐A-1
こつ、こつ、こつ…
生徒の大半が下校したあとの校舎内には、靴音がよく響く。
「しっ…誰か来た」
「ふふ、大丈夫よセンセ。」
椅子の上に座った保健医の唇を、ほっそりとした人差し指でそっと塞ぐ。
彼女は机上に腰掛け、太ももを見せ付けるようにわざとらしく足を組み、しっとりとした手つきで保健医の頬を撫でている。
その保健室の中には彼と彼女の二人だけ。
一人は教師、もう一人は女生徒。
その胸の胸章には木崎亜子と表記されている。
やがて、まるで吸い寄せられるように二人の顔が近づいて――…
「はい、ストォーップ!!」
その声に、保健医は機械仕掛けの人形のようにびくっ!と飛び上がった。
女生徒の方は平然とした様子で、声がした方にちらりと視線を走らせた。
二人の視線の向こう――
誰もいないと思い込んでいた奥のベッドのカーテンがシャッ!と開き、中から一人の女生徒が現れる。
「頭痛いんです〜なんか幻覚まで見えます〜センセとその子の〇〇な世界、みたいな〜…」
上目遣いに睨みながら、ふらふらと近づいてくるそのセミロングの女生徒に押されるように。
保健医は多少苦し紛れの台詞を残し、逃げるように保健室から姿を消した。
* * * * *
ぱたん…
閉められた保健室のドアの音を確認したあと、あたしはいつもの姿勢に戻って亜子を…更紗を睨む。
「亜子の体使って変なコトしないでよっ!」
いつも呑気なあたしにしては珍しく、本気で腹を立てて大きな声で言った。
が、相手はどこ吹く風。
涼しい顔して足を組み直し、髪をかきあげたりなんかしてる。
「私は別に見られててもよかったんだけど〜」
しらっ、と言った。
「あ、あな、あなた!!」
反省のない彼女の様子にチギれたあたしが、彼女につかみかかろうとしたら――
ギッ!と音を立てて、あたしの体が動かなくなる。
「…………」
ジト目で更紗を睨んだ。