社外情事？４〜順調で幸せな一日と難問の前兆？〜-1
――季節は冬の始め。
そして、彼の結論からおよそ１ヶ月。
「……ぅぅ…ん…」
晴れて課長となった倉本 誠司は、パソコンの画面を前に、大きく伸びをした。絞り出された唸りには、達成感と安堵が染み込んでいる。
「…終わったぁ…」
そして、呟き。
その後、一息。
誠司はすっかりおなじみになった達成感を感じながら、ふと辺りを見回した。
すると――
「…なんだよ、もう終わったのか？」
誠司のデスクに程近い「彼」のデスクで、呑気に欠伸を吐き出していた「部下」――深山 健介が、まだ吐き出されようとする欠伸を引っ込めながら呟いた。その様子は明らかに、「俺は暇を持て余しています」といった具合である。
それを目にした誠司は、いかにも物言いたげな視線を向けてみた。
「…健介。お前いつ終わったんだ？」
「30分位前」
疑問。対して健介は、しれっとした態度で答える。
「…割と多めに仕事を割り当てたはずだよな？」
「完璧だぞ？プランは真面目に仕上げたし、関係書類は誤字脱字も文法間違いもない」
また疑問。だが健介は、やはりしれっとした態度。
「……だからって暇を持て余していいと？」
そこで誠司は、口元に僅かな笑みを浮かべながら、今度はストレートに問いかけた。
「うっ…」
すると、直球には弱いのか、健介は僅かにたじろいだ。それに見届け、誠司は別の方向に目を向ける。
「藍花さん、そっちの仕事はどうだい？」
そして、そちらにいるであろう人物に向かって問いかける。すると、思った通りの方向にあるパソコンの向こうから、にょきっと手が上がった。その手は力無く揺れている。
「……ダメかもしれません…プレゼンの関係書類、かなり苦しいです…」
続いて、その手の持ち主――通称「営業一課の元気印」山吹 藍花(やまぶき あいか)が、絞り出すような声を上げる。
その声が途切れたのを見計らって、誠司は健介に再び視線を戻す。それに対し、再びたじろぐ健介。
「…まだ勤務時間だ。同僚を手伝うのも立派な仕事だ、って何度も言っただろ？」
そしてとどめ。誠司は手をひらひらと振り、健介を促す。
「…へいへい」
そうして初めて、健介はため息をつき――とは言っても、大して嫌がってはいない様子で――席を立ち、書類製作に負けそうになっている藍花の元へと向かった。すぐに彼女の隣に立つと、その肩をぽんぽんと叩く。
「山吹ちゃん、手が空いたから手伝うぜ？」
すると、パソコンを前に突っ伏していた藍花の顔が、がばっ、と上がった。
後ろで一つに束ねた、肩にかかるくらいのセミロング。フレームレスの眼鏡越しに見える垂れ目に、涙ほくろ。
彼女は、健介が応援に来てくれた事に対する感謝で、ただでさえ垂れている目を更に垂れさせながら、その表情を一気に歓喜で満たした。
「深山さぁ〜んっ！ありがとうございますぅっ！これで定時には間に合いますぅぅっ！」
――心なしか、声色が微かに震えている。
それを耳に入れた誠司は、余程厳しかったんだろうな、と思いつつ、その事に気付かなかった自分に対して、ため息をついた。だが、すぐに気分を切り換え、今度は別の方を向く。
そちらには、感謝と感激に声を震わせる藍花とは対照的な男――パソコンの前で黙々と仕事に没頭する、幹原 哲也がいた。