闇よ美しく舞へ。 6 『むじな』-2
「だだだっだから…… 出たんだよ!」
「いったい何が出たんです?」
「だから…… そうそうあれだ! なんて言ったけかな…… あっ思い出した! 『のっぺら坊』」
「のっぺら坊?」
「あーほらほら、テレビとかで見たこと無いかな。目も鼻も口も無い、顔に何も無いオバケだよオバケ! 妖怪ってやつかな!」
「妖怪ねぇ。アニメじゃあるまいし。……けっくだらねぇ」
「あってめー! 信じてねーな!!」
「何言ってるんすかお客さん。信じるも信じないも、そんなん居るわけ無いっすよ!」
「ほんとに見たんだよ! 可愛らしい女の子が通りかかったから、俺がこう…… 気づかれない様に暗闇からそ〜っとだな、襲い掛かってその子の尻をだな……」
「触ったんすか?」
「あっああ! 触ったんだよ! そうそう触ったんだ」
「痴漢(チカン)じゃないっすか! 通報しますよ」
「ああっあーー悪かった! 俺が悪かった! それは謝る! それは謝るけど……」
「謝るけど」
「まあぁ聞いてくれよ! 触られた彼女も怒ってだな、俺を殴ろうとして振り返ったんだ!」
「まあ、当然そうなるっしょ」
「そしたらなんと!」
「……なんすか?」
「その彼女! 目も鼻も口も無い! 『のっぺら坊』だったんだよ! ……っておい! 聞けよ人の話っ!」
「けっ! くだらねぇ。ああ〜もういいっすから帰ってくださいよ。アニメの話なら何処か他でやって欲しいぜ。……ったく」
男の話に全く持って耳を貸さない店員。茶髪頭の若いアルバイトは、男に文句を言いながらも背を向けたまま、のらりくらりとDVDを棚に並べていた。
男はそんな店員に少し腹が立ったのだろう。
「てめーそれが客に対する態度か! 店長呼べよっこらぁ!!」
そう大声を上げながら腕を伸ばし、レジ越しに店員の背中を掴んで、グイグイと彼を引っ張ったりもする。
すると今度は店員の方がキレタらしい。
「客って言い張るんなら、なんか買えよな! こんな時間に店長なんか居ねーよ!」
男に引っ張られながら文句を言い出すも。それでも客に顔を見せようとはせず、後ろを向いたまま、手に持ったDVDをプルプル震わせていた。
店員のそんな態度に。
「てめーさっきから何やってるかと思えば! こっち向けよこらー! 顔見せろっ!!」
男はますます持って怒り出し。
「止めろよおっさん! 警察呼ぶぞ!!」
と、店員も背中を振って抵抗していた。
「警察だぁ! 呼べるもんなら呼んでみろや! こらっ!」
「離せこのジジイッ! 打っ飛ばすぞてめー!!」
「っんだとーガキ! 告いてんじゃねーぞこらっ! こっち向かんかいわれっ!」
「うっせんだよハゲ! 手ぇ離せっ!!」
「離して欲しけりゃこっち向けっ!」
と、言い争って居た二人だが。不と男はある事を思い、思わず店員を掴んでいた手を離し、ビビッた様に後ず去ると。
「まっまさかおめえ…… 『のっぺら坊』……」
「はあ〜…… またその話かよ。勘弁してほしいぜ」
「だっておめえ…… さっきから後ろ向いたまんまで…… 顔…… 顔、見せねえじゃねーか!」
「なんすかそれっ! 顔を見せないと『のっぺら坊』なんすか!!」
「だったら顔! 顔を見せてみろ!!」
男にそう言われた店員。どうやら渋々だったのだろう。
「ちぇ! 面倒臭ぇーなぁー!!」
そう言いながら、ゆっくりと、ゆっくりと、DVD片手に振り返ったのだった。
男は振り返った店員の顔を見て、ゴクリッと唾を飲み込んだりする。
そうして、驚いた様な顔しながら。
「なっ…… なんだイケメンじゃねーか。……脅かすなよ」
そう言って額(ひたい)から噴き出していた汗を手で拭っていた。
無論、店員の茶髪頭くんは『のっぺら坊』などでは無かった。それどころか目鼻の整ったハンサムな良い男である。