さよならのあとに-1
別れは、あっけなくやって来た。
私の仕事が軌道にのって来た矢先のことだった。
憧れだったインテリア雑貨のショップに勤めて、やっと支店を任されたのは1年前。
弘樹の父が倒れたという知らせがあったのは3週間前のことだ。
幸いにも回復したが、以前の様に仕事をするのは無理だと言われたらしい。
彼の実家は山形の小さな町で温泉旅館を営んでいた。弘樹は長男だった。
東京の大学を出て、東京の広告代理店に就職した。
いずれは山形に帰るかも知れないことを彼自身も漠然とは感じていたのだろう。
父親の入院した病院から戻った弘樹は私に言ったのだ。
『結婚しよう。一緒に山形に行って欲しい』
もう3年も一緒に暮らしたんだから私も、いずれは弘樹と結婚するかもしれないと思っていた。
でもそれは、東京での話だ。私は東京で生まれて東京で育った。東京を離れるなんて考えられない。
何よりも仕事を辞めることは出来ない。やっと夢が叶ったのに。
たまには銀座で買い物したい。
シネコンで映画を見たい。
お洒落なレストランで食事をしたい。
子供じみているかもしれないけど、そういうものと全て決別するなんて私には考えられなかった。
何度も話し合った。
ほんとに何度も、何度も。
でも二人の未来は重なり合わない。
私達は結論を出した。
最後の夜……
お互いに言葉を探していたんだと思う。
でも、そんな夜にぴったりな言葉なんて思い浮かばなくて、私たちは黙ってテレビを観ていた。
沈黙に耐え切れず、随分と早い時間にベッドに潜り込んだ。同じベッドに。
別れを決めたのに同じベッドの中にいるなんて不思議だ。
私は身じろぎもせず、弘樹と出会ってからのことを思い出していた。
弘樹とこのマンションで暮らし始めた頃のこと。
食器や家具を少しずつ買い足していった頃のこと。
別れの日が来るなんて思いもしなかった頃のこと。
あぁ、そうだ……
あの頃、私はよく近くの公園で四つ葉のクローバーを探していた。
披露宴の引き出物に四つ葉のクローバーを貼ったメッセージカードを添えた花嫁の話をテレビで見たのだ。
すっごく素敵な話で、絶対に自分の結婚式の時にそうするんだって言ったら、弘樹は笑ってた。
笑いながら『三つ葉でもいいじゃん』なんて言って探すのを手伝ってはくれなかった。
次から次へと、思い出が溢れて来て止まらなくなった。
なかなか寝つけなくて、寝返りを打って弘樹の方を向くと、いきなり抱き寄せられた。