さよならのあとに-2
『……弘樹?』
『だめ?』
『……最後だから、したいってこと?』
私は、わざと冗談めかして言った。
『そういうんじゃないよ。俺は綾のことがまだ好きだから……』
弘樹、そんな切ない声で言わないで。
私は弘樹の背中にそっと腕を回した。
悲しいくらい優しいキスが何度も降って来る。
弘樹の重みを感じながら、私は目を閉じた。
大きな手が何度も私の体をなぞる。
直に触れ合う弘樹の体は、とても熱くて、ただそれだけで私は泣きたくなった。
明日からはこの腕に抱き締められることはないのだ。自分が手放そうとしているものの大きさを、温かさを、優しさを、私は心に刻み込んだ。
その夜、私達はお互いをいたわるように抱き合った。
翌朝目を覚ますと弘樹は既に出て行った後だった。
私は何をする気にもならず、ただぼんやりとベッドの中で一日を過ごした。
日が傾き部屋が薄闇に包まれた頃になって、やっと私はベッドから抜け出した。
弘樹の物が無くなった部屋は、なんだかガランとしていて自分の部屋じゃないみたいだった。
ふと本棚に目を遣ると、星野道夫の写真集が目に留まる。
弘樹が学生の頃から大好きだった本だ。
忘れて行っちゃったんだ・・・・・。
私は手に取ってパラパラとページをめくった。
その瞬間、四つ葉のクローバーが何枚も、何枚もページの間から溢れ落ちた。
『……どうして』
たちまち、何もかもが涙で滲んで見えなくなる。
『…弘樹の嘘つき……三つ葉でもいいじゃんなんて言ってたくせに……』
弘樹…
弘樹…
弘樹…!
ごめん
銀座でする買い物も、お洒落なイタリアンでの食事も何にもいらないよ。
弘樹が側にいれば。
明日山形行きの新幹線のチケットを買おう。
山形でだって、きっと仕事は出来る。
朝一番で、弘樹の所へ行こう。
きっと山形は今頃花のような雪が舞っているはずだ。
― END ―