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伊藤美弥の悩み 〜受難〜
【学園物 官能小説】

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恋人達の悩み4 〜夏一夜〜-7

 会場の河川敷までたどり着くと、開始時間が近いせいで暑苦しい程の人だかりがしていた。
 二人は無理せず、比較的空いている土手に陣取る。
「ひゃー。凄いねぇ」
 人込みを見下ろした美弥が、その過密ぶりに改めて声を上げた。
「ほんと……」
 果てしなく実感のこもった声に、美弥は苦笑する。
 多数の女性が混じった人込みが足元に広がっているせいで龍之介がげんなりしているのが、分かってしまうからだ。
「我が儘付き合わせて、ごめんね」
 美弥は呟いて、龍之介の肩に頭をもたせ掛ける。
「でも一緒に外に出るの、凄く嬉しいから……」
 龍之介の手が、美弥の肩に回った。
「こんな可愛い我が儘なら、いくらだって聞くよ」
「!」

 カーッ……!

「や、や、や、やだっ……き、きこ、聞こえっ、てた、のっ?」
 頬を赤らめ、声を上擦らせてあたふたする美弥へ、龍之介は微笑みかける。
「うん、全部」
「や、やだぁ……!」

 ドンッ……!

 その時、最初の花火が上がった。
「うわぁ……っ!」
 恥ずかしくてじたばたしていたのも忘れ、美弥は花火に見入る。

 ドン、ドドンッ……!

 華やかな打ち上げ花火が次々と夜空を彩るのを、美弥は陶然として眺めていた。
 そんな美弥の顔が赤や青に染まるのを、龍之介は優しい眼差しで見つめている。
 花火そのものよりも美弥がこれだけ嬉しがっている事の方が、龍之介には嬉しかった。
 ぽつりと、美弥が呟く。
「綺麗……」
 その呟きに龍之介は、慌てて口を押さえた。
 押さえていないと、『美弥の方が綺麗だ』などという、死ヌ程クサい台詞が飛び出てしまいそうなのである。
 こんな台詞、少なくともこれだけ人のいる場所で囁ける物ではない。
 ――二人は大いに花火を楽しんだが、楽しい時間が経つのは早い。
 締め括りの一際華やかな花火が打ち上がった後、河川敷は急速に人が退いていった。
「……終わっちゃった、ね」
「ん」
 どことなく寂しい気分を抱えたまましばらく動かないでいた二人だが、やがてどちらからともなく立ち上がる。
 ゆっくり歩き始めると、美弥は龍之介の手に指を絡ませた。
「ん……どうかした?」
 龍之介が問うと、美弥は小首をかしげる。
「何か寂しそうだよ」
「そうかな」
 そんな龍之介の素っ気ない言葉を、手が裏切った。
 指をぎゅっと握り返されると、美弥は微笑む。
「家、帰ろっか」


 高崎家に帰った美弥は、部屋にいた。
 部屋には巴の趣味がまだ残っていて、レースとフリルとリボンの白とピンクな雰囲気が漂っている。
 引っ越す際にあちらの家の間取りの関係で持って行けなかったのであろう特大のダブルベッドが部屋に残されていたため、美弥は興味をそそられていた。
 巴に似ていない高崎兄弟のそっくりぶりからすると、高崎父の竜臣に息子達は良く似ていると推察される。
 こんなベッドで巴と一緒に眠る、竜彦と龍之介を足して二で割って年を食わせたような人物を、美弥はどうしても想像できないでいた。
 そして想像できないからこそ、興味をそそられている。
「……今度アルバムでも見せて貰おう」
 呟いた美弥はふと、入口のドアに目を向けた。
 美弥が部屋にいるのに合わせて龍之介も部屋に落ち着いているはずだが、あのどことなく寂しそうな様子からするとそろそろ……。

 トントン

 どうやら、部屋を尋ねて来たようである。
「開いてるよ」
 声をかけると、どこか決まり悪そうな龍之介が部屋へ顔を覗かせた。
「あ〜、その……」
 美弥はベッドに腰掛けると傍らを手で軽く叩き、龍之介を促す。
 龍之介はそれに従い、美弥の隣へ腰を下ろした。
「そろそろ来るなって、思ってた」
「…………何で?」
「花火が終わってから、何か寂しそうだったもの」
 行動を見透かされていたと知り、龍之介は赤くなる。
 そんな龍之介を、美弥は優しく抱き締めた。
「……何がそんなに不安なの?」
 龍之介は、美弥を抱き締め返す。
「……花火のせい、かな」
「……どうして?」
 ふ、と龍之介がため息をついた。
「花火って、終わる時が寂しいから……僕達の関係がああなったらどうしようかって、ちょっと考えた」
 美弥はきゅっと、唇を噛み締める。
「私……龍之介を捨てたりしない」
「うん……分かってる。信じてる。ただ単に僕が変に不安がってるだけなのも、自覚してる」
 心も体も自分の元に繋ぎ止めておきたいから貪欲に美弥を求めてしまうのも、分かっていた。
 美弥はそんな自分の明暗を全部引っくるめて受け入れ、包み込み、柔らかく解きほぐしてくれている。
「でも……恐いんだ」
 いつか美弥が、自分と袂を分かつ時が来るのではないか。
 そんな思いに支配されると、不安で堪らない。


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