Ethno nationalism〜激突〜-3
古い石造りのビルが立ち並ぶ通りには、ローバーのセダンやジャガー、モンデゴが往来していた。その中をブラックキャブが、あるビルの前に止まった。
マッケイは数ポンドの料金と、50ペンスのチップを運転手に渡すとマリアと共に石畳の上に降り立った。
「さあ、こっちだ」
楕円形のガラス窓と、なだらかな曲線の真鍮取手が施された木製の入口ドアーを、マッケイは開いて中へと進む。
広い大理石のロビーを渡り、奥の古いエレベーターに乗り込むと、目当てである5階のボタンを押した。
鈍い作動音と共に上昇する密室。時折、何かにぶつかったように揺れている。
急な減速の後、エレベーターはぎこちなく止まり、〈チーーンッ〉と、いかにも旧式らしい停止音を立てて5階に到着した。
わずかな照明と明かり取りの窓。奥へと続く廊下は薄暗く、その途中に入口と同じようなドアーがいくつか並んでいる。
2人は廊下を進んで行く。
「まったく…いつ乗っても嫌な気分だな」
マッケイが苦い顔をすると、横を歩くマリアは微笑んで、
「たまには、ああいうスリルも良いですわ」
マッケイは肩をすくめながら、
「私はゴメンだね。オペレーションのスリルなら大歓迎だが、ああいうのは……」
「支局長……喋り過ぎです」
マリアの言葉に口をつぐむマッケイ。
廊下を歩き、一番奥の部屋へと辿り着いた。ドアーには〈ティベリアス・カンパニー〉と書かれたプレートが貼られている。
ドアーを開かれる。
すぐに、小さな部屋に会議用のテーブルが目に飛び込んでくる。その上に並んだ数台の電話を、男達が対応していた。
2人は彼らに軽く会釈をすると、奥の部屋へと進んでいく。
先ほどと違い、150m2は有るだろうか。広いフロアはボードで細かく敷られ、そのひとつ々で女性達がキーボードを叩いている。
一見、通販オペレーターのように働く女性達。だが、彼女達こそ組織の主要メンバーだった。高級コールガールをカヴァーにして。
彼女達を買う者は、政治家や高級官僚、諸外国の要人と、国を司る人物ばかりだ。彼等とのメイクラブの際、彼女達は無意識に口にされる機密情報を集め、自国の利益のために身を売っている。
まさに〈世界最古の職業〉を両立する女性達だ。
彼女達にも会釈を交すと、奥に見えるドアーへと進む。
マッケイがドアーを開いた。
「遅かったな」
オールバックの黒髪に広く盛り上がった前頭部、太い眉毛に鋭い目。がっちりとした体躯はラグビープレイヤーのようだ。
サイモン・サタニアフ。44歳。ここでのカヴァーはエドガー・デイヴィッドソン。
マッケイはサタニアフとがっちりと握手を交わす。
「今回はすまない。アンタの庭先で騒ぎを起こす事になって」
マッケイの言葉に、サタニアフはノンシャランな顔をすると、
「すべては祖国のためだ。それに、アンタとは89年のハイジャック事件以来の仲だからな」
それは2人がまだ母国で勤務していた頃だった。