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甘辛ニーズ
【コメディ その他小説】

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辛殻破片『甘辛より愛を込めて』-1

 父親のような温もりがあり、母親のような優しさがある、そんな温かさが僕の体を包んでくれる。
 特に額が温かい。 …となると、発信源は額か。

 もう時間が迫ってきてる様だけど、もう少しこの温順を体に染み込ませておきたい。 終わってから旅立とう。
 じゃなくて…その前に凪に会わなきゃ。 会ってありがとうとさようならを教えてあげるんだ。
 凪の悲しみは僕もよく知っていたから、やらなきゃいけない。

 さあ神様、最後に僕を起こしてくれ、一生のお願いだ。
 …え? 自分で起きろって? そんな無茶な!
 ……え? 僕はまだ死なない? そんな馬鹿な!
 ………え? 死んでたらお前はとっくに消えている? それもそうか。

 じゃあ起きよう。



 目を薄く開く。 光が眩しい。
 まだ額が温かい。 …僕の額に何かが乗ってる?
 直接、手で触って確かめたい。 しかし手は疎か、首から下がまったく動かない、もとい力が入らない。

「佐々見くん?」
 透き通るようなウィスパーを効かせた声。 聞き覚えがある。
「あたしが誰だかわかる?」
 そう、この人はたしか…
「雪、さん…」
「うん、正解だよ」
 再び目を閉じた。 これで安心して寝れる。
「こらこら。 意識が戻ったんなら、しっかり起きなさい」
 今度は完全に目を開く。 確認しても同じだ。
 そして感覚も戻った。 額にある温かい物は、雪さんの手だ。
「冗談です。 お久しぶりですね………というか聞きたいことが色々あるのですが、えーと」
「…あたしも冗談。 疲れてるんでしょ? ゆっくり休んでていいよ」
「ん…はい」
 雪さんの言葉を聞き入れて、もう一度眠ることにした。

「……本当に寝ちゃうんだ」
「…冗談なのか冗談じゃないのか、どっちですか」


 丸いメガネが印象のこの女性は、雪柳 由紀奈(ゆきやなぎ ゆきな)。 透の二つ年上のお姉さん。
 前から面識はあったが、実は四、五回会った程度の仲だ。
 けれども人懐っこい性格故かすぐに打ち解けて、(僕が)相談できるほどの仲になった。

 さて、最初に聞くべきことはなんだろう?

「…一応聞きますが…ここはどこですか?」
「どこだと思う?」
 にやりと笑う雪さん。
 …出た、お得意の『猫の口』
「何のために『一応』って付けたと…」
 溜め息を吐き、答える。
「透の家…」
「残念です、不正解。 『雪柳 由紀奈の部屋』です」
「ああ、そうですか………いや、いやいやいや」
 体を起こして周りを見回す。

 入ったことはないけど、本当らしい。 なんとなく部屋自体の雰囲気でわかった。

 妙に目立つ大きいガラス張りのタンスに目が行く。 中にはぬいぐるみがいっぱいあった。
 クマとネコとセキトリマンと、あともう一つ、あのボロボロのぬいぐるみは何だろう。 …あんまり可愛くないなぁ。
 でも、どこかで見たことがある様な気もする。


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