恋の奴隷【番外編】〜愛しの君へ〜-1
今、俺の隣では柚姫が穏やかな笑みを浮かべ、すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てている。透き通るような白い肌。しなやかで細い手足に華奢な身体。緩くウェーブがかった長く柔らかな髪。くっきりとした二重瞼に長い睫毛。まるでお姫様のような可愛いらしいその寝顔に、俺はそっと口付けを落とし、静かに瞼を閉じれば。溢れんばかりの優しい光に包まれた遥か遠くの記憶が蘇ってくる…
これは俺が小学校に上がるちょっと前の頃の話し。
春の訪れをふっと感じる緩やかな気持ちのいい風が吹く、そんなある日のこと。俺は親の仕事の都合で幼稚園を卒園してすぐ、慣れ親しんだ地を離れ、郊外に引越してきたばかりだったから、友達なんて当然いるはずもなく、サッカーボールを持って一人、近所の小さな公園に行った。その公園には小さな滑り台とブランコ、砂場がポツンポツンと淋しげに設置されているだけで、遊んでいる子供の姿はなかった。
「ちぇっ…一人で遊んでもつまんねぇや」
フェンスに向かって思いっ切りボールを蹴っ飛ばし、俺は小さく悪態をついた。ボールはフェンスに跳ね返りぽんぽんと虚しく地面に弾んで転がっていった。
「ねぇ、これあなたのでしょ?」
すると、後ろから声がして、俺はむくれっ面のまま振り向くと、そこには俺と同い年くらいの小さな女の子が、俺のボールを両手で持って差し出してきた。その女の子はくりっとした大きな瞳をパチパチと瞬かせて、小首を傾げている。腰くらいまであるふわふわの長い髪に、整った品のある可愛いらしい顔は、まるで童話から飛び出したお姫様のようだった。
「ありがと…」
そう言ってボールを受け取ると、その子はまるで柔らかい春の陽射しのように優しい笑顔でにこりと俺に微笑みかけた。
その瞬間、“ドクン”と鼓動が高鳴ったのを俺はよく覚えている。痛くも苦しくもなくて。今まで味わったことのない、淡くて穏やかな心地よい弾み。今思えばこれがきっと俺の初恋。そう、その相手というのは…
「柚のお名前は瀬波柚姫っていいます。あなたは?」「あ、麻生優磨…」
「はじめまして!ねぇ、柚のお友達になってくれる?」
「…お前がどうしてもっていうならなってやってもいーぞ!」
俺は何だか恥ずかしい気持ちと嬉しい気持ちで、自分の顔が赤く染まり上がっているのを感じながら、思わず幾分きつい口調でそんな風に言ってしまった。柚姫はビックリしたように目を丸くさせ、じっと俺を見詰めると、口元に両手をあててふふっと笑みを零した。
「な、何笑ってんだよ!」
「柚、お友達いないから嬉しくて。ありがとう。よろしくね、優ちゃん」
そう言って柚姫は自分の手を俺の方に差し出してきた。俺もおずおずと自分の手を出し小っちゃな柚姫のその手をそっと握り、軽く握手を交わした。
その日から俺達は毎日のように、日が暮れるまで一緒に遊んだ。柚姫はつい目を奪われてしまうくらい可愛くて、服装や仕草からいいとこのお嬢さんだってことはすぐ分かった。ヤンチャな性格の俺におっとりした性格の柚姫。性別も違えば、好きなものも、遊びも全く異なる俺達だけど、なぜか柚姫の隣は居心地が良くて。昔から意地っ張りな俺は、よく強がりを言っては柚姫を泣かせてしまうこともあった。柚姫の泣き顔はいつまで経っても苦手だ。あの顔を見るとどうしていいか分からなくなる。だけど、どうしてか最後にはいつも柚姫はくつくつと可笑しそうに笑って、もういいよと許してくれて。
俺より1つ上だと聞いた時はビックリしたけれど、俺よりも背は低いし、泣き虫だし、俺の後をちょこちょことついてまわってばっかりで、可愛くてしかたがなかった。
俺は昼ご飯を食べたらすぐ、いつもの公園に行った。だけど柚姫はいつだって俺よりも先に来ていて、俺を見付けると嬉しそうに両手を大きく振って駆け寄ってくる。