恋の奴隷【番外編】〜愛しの君へ〜-2
「柚!これ、俺のお母さんがお前と一緒に食べろってさ」
俺はそう言って、クッキーの入った小さな袋を柚姫に手渡した。
当時まだ普通の専業主婦をしていた母親に、俺は四六時中飽きもせず柚姫のことばかり話していた。俺は男友達とサッカーや野球をして遊ぶことが多かったから、俺が女の子と遊んでいるということに母親は興味深々で、にやにやと嫌な笑みを浮かべながら、面白そうに俺の話しを聞いていた。柚姫に凄く会いたがっていて、家に遊びに連れてきたらどうかと毎度のように言っていたけれど、何だか気恥ずかしくて渋っていた俺に、母親は口をむぅっと尖らせて文句を言いながらも、こうしてよくお菓子を作っては俺に持たせていた。
「わぁ!柚、優ちゃんのママのお菓子大好き!ありがとう」
柚姫も目をキラキラ輝かせて喜ぶから、俺もつい顔が綻んでしまう。
「柚のお母さんは柚に作ってくれたりしないのか?」
「ううん、前はよく一緒に作ったりしてたよ。でも…今はママ病気だから」
柚はひゅうっと笑顔を引っ込め、目を伏せてポツリと呟くようにそう言った。
「…病気?」
俺は静かに息を飲んで目を見張った。柚姫はしょんぼりと肩を落として小さく頷く。
「難しい手術しないと治らない病気なんだって。だから柚、今おばあちゃんのお家にいるの。ママはずっと入院してるし、パパもお仕事忙しいから。柚が我慢しなくちゃ」
今にも泣き出しそうな弱々しい声で自分に言い聞かせているかのように言う柚姫を前に、俺は声をかけてやることすら出来なくて。ただ柚姫の寂しそうなその横顔をじっと見詰め、ぎゅっと唇をきつく噛んだ。
「でもね、ママはたまにお手紙くれるの。ママが頑張って病気をやっつけるから柚もいい子にしてるって約束したんだ」
そう言って柚姫は無理矢理張り付けたような笑顔を俺に向けた。口元は笑っているのに、眉はすっかり下がったままで、目だって全然笑ってなくて。柚姫は純粋でとても優しい子だから。本当に泣いてしまう程寂しくても、甘えたくても、そっとその感情を自分の胸に閉まって、そうやって我慢して、無理して笑顔作っているのだろう。いつもは泣き虫な柚姫だけど、母親が大好きだからこそ、たった一人でずっとずっと我慢して。どんなに辛くても。どんなに寂しくても。
柚姫の今にも崩れて壊れそうな笑みを見ていたら、俺は胸が引き裂かれるように苦しくなった。
「柚のお母さんが早く良くなりますよーに!」
俺が急に大声を出したものだから、柚姫はびくっと身体を震わし、まんまるな目で不思議そうに俺を見つめる。
「優ちゃん?」
「柚のお母さんが早く良くなって、柚と一緒に暮らせますよーに!」
俺はさっきよりも増して、大きな声で空に向かって叫んだ。