DEEP DIVER玲那〜闇に沈みし者〜-1
摩天閣聳える東京の街。
殺伐とした無機質な街の一角に、人々が憩いの場とする大きな公園があった。
昼間は家族連れや休憩時間のサラリーマンなどで賑やかなこの公園も、夜ともなれば陰鬱な顔を見せ、わずかな酔客や浮浪者が訪れる以外は静まり返り、ともすれば街灯に群がる虫の羽音だけが耳に届くほどであった。
ところが、今晩はその限りではなかった。何台もの緊急車両が公園の入り口を封鎖し、赤いライトの照り返しを受けて警官隊が野次馬を制止する。
ものものしい取り締まりに、公園内ではかなり大きな事件が起きているに違いなかったが、そこに集まった野次馬達は誰も事件について本当の事は知らなかった。ただ何も分からず、けたたましいサイレンに誘われて群がっているだけなのだ。
警備に当たる警官にしてみれば迷惑この上ない話だが、野次馬等というものはどこもそうしたものである。
そこへ、群がる野次馬を押しのけて一台のワゴン車が公園前に乗りつけた。一見したところ民間の車なのだが、眉根を寄せた警官が追い払おうと運転席に駆け寄り何事か話をしたところ、特に咎められることもなくワゴン車は公園内へと入り込んでしまった。
ワゴン車を見送り、背筋を伸ばして敬礼する警官。
そんな奇妙な車の出現に野次馬の誰もが訝ったが、警官達は誰一人としてそれに応じようとはしなかった。
そんな中、事態の呑み込めなかった警官が、同僚の一人に首を傾げる。
「…おい、今の、民間車両じゃないのか?」
ごく当たり前の質問であったが、訊ねられた方の警官は小さく溜息を付くと、憮然としてその問い掛けに応じる。
「…莫迦、あれは鎮魂機関の車だよ」
鎮魂機関とは、あまり人には知られていないが、神社庁内にある特務機関の事で、日本全国に祀られている祠や廟を監視し、そこに鎮められている神霊を管理封印、或いは消滅する事を職務としている。
今、ワゴンに乗っているのがその鎮魂機関の霊能力者なのだが、車に乗っているのは黒シャツにサングラス姿のむさ苦しい若い男で、その男が運転している隣にはグラマラスな金髪美女が座っていた。見た目は霊能力者と言うよりは、どちらかといえばギャングに近い。名前を、片や男の方を陣屋 葵と言い、金髪美女をダイアナ・マーチンと言った。
「まったく、どうなっているんだっ!?鎮魂機関が警察よりも出遅れるなんて…」
サングラスの男が運転しながら不機嫌な声を漏らす。
「仕方がないでしょ。監視衛星が反応しなかったんだから。それに、我々が把握している社、廟、祠、要石等々、そのどれも封印を破られた形跡はないわ。私達がその存在を知らない神人が現れたのか、それとも別の何かなのか…」
金髪美女はサングラスの男に一瞥すら向けず、ぶっきらぼうに応じる。その味気ない反応に対してではないだろうが、男は釈然としない様子で鼻を鳴らした。
「はん、別の何かじゃなくて、ガセだったらどうするんだよ?」
「ガセならそれに越したことはないわ。神人の封印が破られたんじゃないなら僥倖だわ。それより、ここから先は車は通れそうにないわね。葵、バイクを出すから車を止めて」
言われてサングラスの男、陣屋葵は車のエンジンを切り、車の外に出た。ダイアナも直ぐに車を降り、後部ドアを開けるとラダーを取り出してスポーツツアラータイプのバイクを降ろし始める。
「手伝おうか?」
手を貸そうとする葵に対して、ダイアナは軽くかぶりを振った。
「かまわないわ、いつもやっていることだから。それより、辺りに気を配って。臨戦態勢にはいる前に襲われたんじゃ、話にならないもの」
「了解」
言われて、ダイアナに背を向ける葵。何かの気配がないかと茂みの奥に目を懲らすが、取り立てて何の気配も感じられない。ふと見上げるとビルの谷間から巨大な月が顔を覗かせていた。ネオンの照り返しを受けて紫掛かった病的な雲が広がっており、その間に赤く変色した不気味な月が見える。葵はその気が滅入りそうな景色に溜息を付くと、バイクを降ろしているダイアナを振り返った。