DEEP DIVER玲那〜闇に沈みし者〜-36
「鎮魂機関って、神経質よね」
校庭に作られた櫓を見て、玲那がぼんより呟く。事件は解決し、芳流閣高校に用もなくなったので転校の手続きをしに来たのだ。
傍らには葵が面白くもなさそうに立っており、玲那の視線を追って校庭に目をやる。
「まあ、お前がお祓いをしておいたんだから、大した霊障は残っていないだろうがな」
「あら、分かっているじゃない。この溢れる美貌と神通広大を誇る稀代の天才退魔師、美少女巫女の玲那ちゃんがお祓いしたんだもの、霊障なんて残る筈無いわ。おほほほほ…」
うっかりと玲那を増長させたことに思わず顔をしかめ、呻くように額を押さえる葵。
「……何が天才退魔師だよ、天災退魔師の間違いじゃないのか?」
「なにおう、この莫迦葵!」
「ええい、うるさい、この突貫娘。こんな所で喧嘩もないだろ。それよりさっさと職員室に行くぞ」
葵はそう切り捨てると、玲那をおいてずかずかと先に歩き出す。後に残った玲那は頬を膨らませて葵に悪態をつくが、葵がまるで意に介さないので慌てて走り出した。
そこへ、事件以来学校を休んでいた大神室奈々花が玲那の前に姿を現した。
立ち止まり、奈々花の顔を見る玲那。奈々花は俯いたまま玲那に近付いてくると、そのまま何も言わずに立ち尽くす。
「…学校、出てきたんだ。よかった」
玲那の言葉に、奈々花の肩がぴくりと震える。
「…今日、転校しちゃうって聞いたから」
そう、絞り出すように呟く奈々花。
「うん、何だか騙したみたいになっちゃったけど、この学校に来たのは仕事だから…」
「私こそ、色々迷惑掛けちゃって…」
そう言うと、奈々花は目に涙を滲ませた。
「あ、いや、迷惑だなんてそんな、とんでもない。ほら、私達友達じゃない。だから、困ったときは相身互いと言うか、何と言うか…」
泣かれては気まずいと、玲那は慌ててフォローするが、既に奈々花の瞳からは大粒の涙がぽろぽろとこぼれていた。
「私、私…」
玲那の胸にしがみつく奈々花。
「いや、全然気にしていないから。そんなに泣かないで…。可愛い顔が台無しだよ」
慰める玲那。しかし、奈々花は聞いてはいなかった。鼻を小さく啜り、涙目で玲那の瞳を覗き込む。感情が高ぶっているのか心なしか頬が紅潮している。
「……あ、あの、奈々花ちゃん?」
奈々花のただならぬ気配に、思わずたじろぐ玲那。
「私、…玲那ちゃんが…好き」
次の瞬間、奈々花はしっとりと湿る柔らかな唇を、玲那の唇へと押し付けた。奈々花は直ぐに離れ、頬を赤くしてその場を後にしたが、玲那の方は何が起こったのか分からず、呆然と立ち尽くす。
「…へ?」
間抜けな声を出し、自分の唇に触れる玲那。まざまざと先程の感触が思い出され、次第に何が起こったのか理解できると、玲那は改めて驚きの声を上げた。
「…えぇ〜〜〜っ!?」
後ろを振り向きもせずにずかずかと歩いていく葵には、後ろで何が起こっているのかまるで知ることもなかったが、ふと強い日差しが気になり、溜息交じりに天を仰ぐ。
見ると、空は夏を思わせる程の深い青色をしており、真白に輝く飛行機雲が太陽を射るかのように真っ直ぐ伸びていた。
額にはわずかに汗が滲んでおり、思わず手の甲でそれを拭う葵。
「…ふう、何だか暑いな。このまま梅雨も来ずに、夏になっちまうんじゃねぇか?」
終わり。