DEEP DIVER玲那〜闇に沈みし者〜-30
「無論、冗談で言っているのよね?」
真顔で訊ねるダイアナに対し、葵は口元をニヤリと歪める。
「月狼も暴れたいって言ってるんじゃないか?」
「勿論、それは…否定はしないわ、よ?だけど葵、あなた随分焦っているように見えるわ。そりゃあ、玲那ちゃんが心配なのは分かるけど…」
葵の猪突猛進は今に始まったことではないが、ダイアナには今の葵は必要以上に焦っているように思えた。敵に対して突っ込んでいく事に変わりはないが、表情にいつもの余裕が感じられないのだ。
「焦っているさ。とてつもなく心配なんだ…」
そう言って唇を噛み締める葵。そんな葵の様子に、ダイアナは軽い嫉妬を感じた。
「玲那ちゃんがそんなにも心配なのね…」
「ああ、玲那の奴が力に任せて暴れ始めたら手が付けられないからな。相手が誰だろうと、場所がどこだろうとお構いなしだ」
「…はあ?だって、玲那ちゃん、今は巫女の力が失われているのよ。暴れるって…」
首を傾げるダイアナ。しかし、葵は冗談を言っている風でもなく、神妙な顔を崩さなかった。
「ああ、そう言えばダイアナはまだ暴走した玲那を見たことがなかったな。あいつは巫女の力が失われているときの方が色んな意味でやばいんだ」
「あの、もしかして禅問答の一種?」
「ああ、もう詳しい話は後にしてくれ。今は一刻を争う」
「はいはい、分かりました。意味は分からないけど、私も玲那ちゃんが心配だから」
そう言うとダイアナは、手元のパソコンを操作した。
次の瞬間、塀の向こうに置いてあったダイアナのバイク、月狼のエンジンが回り、まるで命が宿ったかのようにヘッドライトが光を放つ。エキゾーストノートの咆哮をあげると、ツアラータイプのオートバイは人型に変形し、宙に飛び上がった。
「それじゃあ、月狼で結界に穴を開けるから、葵、誰かが来たらぶん殴って人を寄せ付けないでっ!!」
そう言うとダイアナは宙を舞い、腹部を開いた月狼に飲み込まれる。
「ディメンション・ブレイカーッ!!」
人を避けるとかそう言う配慮は何処へやら。ダイアナがロボットアニメさながらにそう叫ぶと、月狼の左腕が展開して光の魔法陣が照射される。その魔法陣の中心に目掛け、月狼は急降下しながら地面に向かって右の拳を突き出した。
目に見えない圧力が木々を薙ぎ倒し、塀は勿論、校舎の壁をも大きく粉砕する。しかし、月狼の巨体は光の魔法陣に吸い込まれ、葵もその後を追って光の中に身を躍らせた。
やがて、月狼と葵を飲み込んだ魔法陣は収束を始め、光の点となって消滅する。後には瓦礫が残り、騒ぎを聞きつけて駆けつけ職員は一体何事が起こったのかと首を傾げる。
「私にはできません」
小さな声で反意を表す奈々花。その言葉に、飛騨の表情がわずかに強張る。
「大神室、一体どうしたんだ?僕の言う事が聞けないのか?」
苛立ちを込めた目で奈々花を見据える飛騨。奈々花は飛騨とは視線を合わせようとはせず、身を縮めて、それでも飛騨の言葉には従おうとはしなかった。
「…すみません、他の事なら」
奈々花が言いかけた瞬間、飛騨の手の甲が頬に飛んだ。悲鳴を上げる間もなく、奈々花の小さな身体は床に転がり、手から肉虫が転がる。
口の中が切れたのか、しょっぱい味が広がり、腫れた口の端からは血が滲んでいた。
「ちょっと、女の子に何て事すんのよっ!!」
飛騨の非道な行為に、目を向いて非難する玲奈。しかし、飛騨は意に介さず、びちびちと床に転がる肉虫を拾い上げ、のろのろと立ち上がろうとする奈々花の腹部を蹴り飛ばす。
「この女が現れてからよく逆らうじゃないか。何を思い上がっているんだ?お前はただの玩具だろ。僕に抱かれて豚の様にひいひいよがっていればいいんだ。雌豚が御主人様に逆らうなんて、何様のつもりなんだ?」
そう言って、再び少女を蹴りつける飛騨。玲奈は激高し、拘束から逃れようと暴れる。
「このぉっ!!外道っ!何様のつもりとはお前の事だ!はなせ、莫迦ぁ!糞野郎!!」
しかし、囚われの身の玲奈の罵声など飛騨にはまるで通用しなかった。鼻を鳴らし、視線を奈々花から玲奈に移すと、今度は玲奈の乳首に手を伸ばし、容赦なくつねり上げる。