DEEP DIVER玲那〜闇に沈みし者〜-29
「あの肉虫は女の体の中に潜り込み、神経と結合して男性器のような働きをするんだ。そして特別な術が施してあるので肉虫を腹の中に入れた女は僕の言うことなら何でも聞くようになるんだ」
言われて玲那は、それが下塚環の下腹部から顔を覗かせていた物だと気が付いた。
「その肉虫で下塚さん達を操って…!」
怒声をあげる玲那。しかし、飛騨は玲那の怒りなどまるで意に介さない。ふてぶてしい顔で肩をすくめると、呆れた様子でかぶりを振る。
「肉虫はある種の微弱な神経電気を送り込んで、常に快感中枢を刺激するようになるんだ。彼女達が淫らな行為に耽るのはそれが原因でね。操ることはいくらでもできるんだが、彼女達は自らの快楽の為に僕の言うことを聞いているんだよ」
「正常な感覚を奪って言うことを聞かせていることには変わりないでしょっ!あなたは一体何が目的なの?そこの水槽の化け物達は一体何なの?この学校で何をしようとしているの!?」
玲那は怒りにまかせて矢継ぎ早に質問を繰り出した。すると、飛騨はまるで自分の悪戯が認められたかのような自慢げな顔を見せた。
「この肉虫も、そこの水槽の化け物も根は一つさ。君の正面に見える神人の細胞を採取して造られた物なんだ。君も鎮魂機関に関わりのある人間だ、神人の生命力が如何に強靱であるかを知っているだろう。まるで癌細胞のように無限に再生するテロメアを持ち、それ一個が生物であるかのように他の生物を浸食し、同化する。喩え細胞レベルまで分解されようとも、仮に一個の細胞がウィルスのように他の生物の体内に入ればたちまち同化し、遺伝子レベルで神人に類する生物に書き換えてしまう。それを完全に滅するには唯一超常的な呪術の力のみだ」
飛騨の言葉に、玲那は公園での神人事件を思い出した。
「…公園で見つかったあの化け物はやはりあなたの仕業だったのね」
「公園…?ああ、あれね。あれは不出来だったな。神人の細胞を生徒の体の中で繁殖させたんだが、完全に神人化する事はできなかったんだ。逃げ出すことは想定外だったが、鎮魂機関が処分してくれたんだったね。お陰で手間が省けたよ…」
「この外道!あんたの目的は一体何なの?神人を盗み出した辰巳とどういう関係があるの?」
「外道ね…。そいつはどうも。それで、僕の目的と辰巳について知りたいって?辰巳ね…、懐かしい名前だ。僕がその辰巳だよ」
「そ、そんな…。だって、辰巳なら今はもう老人になっている筈…」
「ふ、ふは、あはは…。そう、それこそがまさに僕の目的というわけだ。そもそも僕が鎮魂機関に潜入したのは民間ではほぼ失われた秘術の数々を自分のものにする為だったんだよ。自分のこの美しい姿が老いと共に醜くなっていくことに耐えられなかったんだ。しかし見たまえ、今も若々しいこの姿を。手に入れた秘術のお陰で僕は老化をかなり食い止めることに成功した。だが、これもまだ完璧ではない。永遠の命と若さを手に入れる為には、不死の存在である神人の肉体と融合するしかないんだ…」
そう言って狂おしいほどの哄笑をあげる飛騨。そんな鬼気迫る飛騨の様子に、肉虫を手にした奈々花は近付くこともできずに立ち尽くしていた。
「どうした、大神室?早く肉虫を渡さないか」
いつまでも肉虫を手にしたまま立ち尽くしている奈々花に、飛騨は怪訝な顔を向ける。
「…あ、あの、私」
「僕は愚図は嫌いだ。早くその肉虫を渡さないか」
強く言われ、奈々花はおずおずと手にした肉虫を差し出した。
「ふむ、ただ肉虫を入れるのも面白くないな…。そうだ、大神室。君がこの娘の股間に肉虫を入れるんだ。この娘は何か君に思い入れがあるようだからな」
飛騨のその言葉に、奈々花の顔は蒼白になった。
「月狼はこの建物の地下に奇妙な空洞があると言っているわ。レーダーも霊的走査も吸収してしまう部分があるの。そのくせ奇妙な空間の揺らぎが時折検出されているわ…」
ダイアナはモバイルパソコンの小さなディスプレイを見て言った。
「いっそのこと、月狼で亜空間に穴を開けてやるか?」
そう言って拳を叩く葵。
二人は今、校舎裏に忍び込んで様子を窺っていた。職員室にはまだ明かりが灯っており、迂闊に騒ぎを起こすことはできない。