DEEP DIVER玲那〜闇に沈みし者〜-19
「参ったなぁ…」
二時限目の終わった休み時間、玲那はトイレで用を足しながら大きな溜息をついた。
「奈々花ちゃんが飛騨先生のことを好きなのは一目瞭然だし、飛騨先生がもしかすると神人事件に関わっているかも知れないって、そんな事言えないし…。って、言うか、そもそも神人の話なんて普通の人に言っても分からないだろうし、その上御飯が美味しくて2キロも太っちゃうし…あ〜、昨日の鳥の山賊焼き、美味しかったなぁ。御飯三杯もおかわりしちゃって、その後銭湯で体重計ったら…ひ〜〜っ!?って感じで。…あれ?えっと…あ、そうそう、その上アレが来ちゃうし…。も〜お、最悪だぁ…」
アレとはつまり月の物で、生理のことであり、玲那は生理が始まると巫女の力が半減する。血が不浄のものであるからなのか、女性が月の支配に左右されるのかは分からないが、玲那は生理が始まると桜の葉に破邪の力を与えることもできなくなるのだ。玲那にとっては普通の女性以上に生理は深刻な問題なのだ。
玲那は憂鬱な表情でトイレの個室から出ると、そこでばったりと奈々花に出会してしまった。
「な、奈々花ちゃん!?」
思わず驚きの声を上げる玲那。しかし、奈々花は玲那の驚いた様子に首を傾げる。
「あ、あの、桜龍さん、どうしたの?何かトイレの中でぶつぶつ言っていたみたいだけど…」
「…え?あ、いや、その…あ、あははは…。最近ちょっと運動不足で体が重くなったの。それで、ちょっとショックだなぁ〜って。え〜っと、私の独り言、外まで聞こえていた?」
決まりが悪そうに訊ねる玲那であったが、奈々花が首を横に振るとほっと胸を撫で下ろす。
「何か喋っているなぁとは分かったけど、内容までは…」
「あ、そう、そうなんだ…よかった、女の子が太ったとか太らないとか、人に聞かれたら流石に恥ずかしいものね」
そう言って苦笑いする玲那であったが、奈々花の視線は玲那の手にしたポーチに止まっていた。
「あの、桜龍さん。もしかしてそのポーチ、アレが来ちゃったの?」
躊躇いがちに訊ねる奈々花。妙なことを聞くものだと今度は玲那が首を傾げる。
「あ、うん。ちょっとね…。あまり気分の良いものじゃないけど、こればかりは仕方のない生理現象だから…。あ、御免、先に手を洗わして」
玲那は首を傾げながらも、ポーチからハンカチを取り出し、口に咥えるとシャボンを手にまぶして手を洗う。
奈々花が待っているだろうと思い、そこそこにして振り返ると、いつの間にか奈々花は姿を消していた。
「なんだろ?変なの…」
呟く玲那。
直後、始業のベルが鳴り、玲那は慌てて教室に戻った。奈々花の様子に少し疑問を感じたが、授業が始まると些細な疑問は頭からこぼれ落ち、いつしか玲那はその事を忘れた。
その日の放課後。帰り支度をしていた玲那は放課後、担任の片岡佐和子に呼び止められた。
「桜龍さん。放課後、LL教室に来てくれないかしら?」
言われて玲那は躊躇した。片岡女史は一度、敵にさらわれており、或いは敵に洗脳されている可能性もあるからだ。
「…あ、あの、何の御用でしょうか?」
「ええ、あなたがこの学校に転校してくる前に個人面談をしたのだけれど、あなたはまだだったでしょ。他に都合のつかなかった生徒もいるので今日の放課後、まとめてやってしまおうと思って。何か用事があれば他の日に変更するけど?」
片岡女史から、他の生徒も一緒だと聞かされ、玲那は頷いた。他の日に変更してもらって二人きりで話をする方が危ないかも知れない。今の玲那は力が半減し、普通の少女と何ら変わることはないのだから。
「あ、あの、特に用事はありませんし、なるべく早い方が私も良いと思いますので…」
玲那の返事に、片岡女史は頷いた。
「ええ、それじゃあ、先にLL教室の方へ行っていて。他の生徒もそこで待っている筈だから。私は職員室から資料を持って後から行くわ」
「あ、はい。分かりました」
片岡女史は玲那の返事を聞いているのかいないのか、そそくさと教室を出、玲那は不安を感じながらも中途だった帰り支度を済ませ、放課後の雑踏の中、LL教室へ向かった。