DEEP DIVER玲那〜闇に沈みし者〜-18
「鎮魂機関のデータと照合しないと分からないけど、この五芒星は清明判じゃないわね。西洋のデモノロジストや秘教参入者が使うシンボルで逆五芒星、サバトの山羊よ」
「にゃるほど…」玲奈はそう言うとダイアナが用意したラングドシャーを口に放り込む。「五芒星にしては位置が妙だし、清明判にしては訳の分からない文字が並んでいると思ったのよね。そうですか、ヤソさん関係の呪符ですか。残念、蠱毒なら蠱主を探して術を返せるんだけどな…」
「…や、ヤソさんって、まあ反キリストと言えなくもないけど、左道傍門、外法、外道の印ね」
「つまり、外国から来たデモノがあの学校に潜んでいて、何か事件を企んでいると言うわけなんですね。成る程、するとあの学校で外国人を探せばそれが犯人に繋がる手掛かりな訳ですね」
玲奈の言葉に苦笑するダイアナ。
「ふふ、そう簡単にはいかないと思うわよ。別に知識さえあれば誰でも術者になり得る訳だから…」
「う〜みゅ、至極残念であります。…それで、京都に行っている葵からは何か情報を送ってきたんですか?」
玲奈に尋ねられ、ダイアナは頷いてディスクを差し出した。
「鎮魂機関にあったデータに先日の怪物の遺伝子と共通するものがあったらしいの。人為的に手が加えられている節があるんだけど南米で発見された神人みたいね。チラダ遺跡で五十年前に見つかった古代神なんだけど、その時に日本の鎮魂機関からも専門家を派遣していたのよ。インカ帝国に滅ぼされた小さな文明だったんだけど、敗戦国の神様はいつでも同じね。守護神達の像は破壊され、顔を削られ、信者は信仰を捨てさせられる」
「はあ、その点日本人は寛容ね。神代から続くうちの神社みたいのもあれば、蟹だろうが蛇だろうが、顔二つの巨人だろうが何でも祀っちゃうから」
「まあ、ある一面日本人にはそういう所があるわね。でも、大和朝廷が平和的だったとはとても思えないけど。そんな事より話を戻すけど、この神人、さっき言った理由で遺跡からは出自が明らかにされていないんだけど、少なくとも日本の神人に匹敵するくらいの霊威を揮ったみたいね。遺跡の調査隊が随分苦労したみたいだから。でもって、その細胞サンプルがとある人物によって盗み出された」
「五十年前となると今はかなりのお爺さんですよね。お爺さんで外国の人が犯人!?」
「だから…」ダイアナが呆れた声を出す。「だから、それは何とも言えないし、先入観を持って捜査すると危険よ」
「あ、あはは、御免なさい…。それで、細胞サンプルを盗み出したのは一体どんな人なんです?」
「どうも、その時遺跡の発掘調査に加わった大学生らしいんだけど、随分と秘教や伝承に精通していたみたいね。名前は辰巳晃。詳しい資料はその辰巳という男が自分の過去を消す為に処分してしまったようね。葵は今、その辰巳の行方を追って当時の発掘メンバーを当たっているわ…」
「はあ、何だか長期戦になりそうですね…。でも、当分ダイアナさんの手料理が食べられますね。ちょっと新婚さん気分?うふふ」
「そんな事言って、大丈夫なの?巫女の力は…」
「あはは、大丈夫ですよ。丁度ビンゴ、なんて時に来ちゃうことなんて滅多にありませんし」
「油断は禁物よ。相手が辰巳なら巫女の弱点も分かっていると思うし、鎮魂機関のテクノロジーにも少しは通じているわ。甘く見ていると…」
顔を曇らせ、不安げな顔のダイアナ。しかし玲那はその言葉を制し、胸を張って親指を突き出した。
「だ〜いじょうぶ。この玲那ちゃんにお任せあれ…って、あれ?ねえ、ダイアナさん、そんな心配そうな顔をしないで下さいよ〜お」
玲那のあまりにも楽天的な態度にダイアナは苦笑を漏らす。それが、玲那の心の強さなのかも知れないと思いつつ。
それから一週間、特にこれと言った事件も起こらず、犯人の正体も行方も知れないままに日々は過ぎていった。
流石の玲那もやや焦りの色が見え始めた頃、京都の葵から事件に関わっていると思われる辰巳晃の資料が送られてきた。在籍していた大学の資料などは鎮魂機関の物と同様、御丁寧にも処分されていたが、その頃の友人が撮った写真が残されていたのである。
当初、五十年も前の写真は今の辰巳を捜す手掛かりにはならないだろうと思われていたが、その写真の人物を見て玲那は心底驚いた。何故なら、そこには今現在の若いままの姿で芳流閣高校生物教師、飛騨文弘の姿が写っていたからである。