DEEP DIVER玲那〜闇に沈みし者〜-17
「あれが無いと、あれが無いと…、私…私…」
必死に辺りを探る奈々花であったが、夕刻の校舎裏は薄暗く、御守りを見つけだす事ができない。金熊の視覚を借りた玲奈は今にも飛び出していって奈々花に御守りのあり場所を教えたいと感じたが、この状況ではどうにもできず、必死な奈々花の様子に胸が締め付けられる思いがした。
「(何やっているのよ、奈々花ちゃん。そんな御守り、いつでも作ってあげるから…)」
勿論、奈々花に玲奈の心の呟きなど聞こえる筈がなかったが、彼女の思いが通じたのか、奈々花は楓の根こぶの陰に隠れた御守りを見つけだした。
「良かった、…ほんとに良かった」
膝をつき、泣き崩れる奈々花。暫くの間、奈々花は御守りを大事そうに撫でていたが、やがて涙をぬぐうとゆっくりと立ち上がり、校舎の裏から姿を消した。
玲奈はほっとして知覚を金熊から切り離し、童子達を引き上げさせる。
「(奈々花ちゃん、誰かに苛められて、それで窓から御守りを投げ捨てられたのかな?)」
玲奈はふとそう考えたが、御守りに残っていた霊的波動が気に掛かった。何か邪悪な存在が御守りの破魔の力を発動させたようなのだが、しかし、奈々花がこの神人事件に関わっているようにも思えなかった。
「さて、と…、今日はこの辺にしときますか」
そう言って、大きく伸びをする玲奈。気が付くと既に日は暮れ、濁った空には赤く陰鬱な月が顔を出していた。
「…霊気?」
不意に、何か霊的な波動を感じて顔を強張らせる玲那。緊張を張り巡らせて懐に忍ばせた桜の葉数枚取り出し、身構える。
すると、虚空に光り輝く魔法陣が出現し、そこから気味の悪い猿が数匹、姿を現した。体躯は子供ほどで体毛は薄く、尖った耳に裂けた口、赤い瞳は不気味な光を放ち、背には鴉の翼が生えている。
「…蠱毒」
呟く玲那。
「ぎ、ぎ、ぎぎ…」
しかし、猿達は奇声を漏らしながら、首を傾げて玲那の様子を窺っている。
『お前は鎮魂機関の者か…?』
突如、魔法陣の向こうから何者かの声が響いた。
「さあね。そんな事はどうだっていいでしょ。大体、人の事を訊く前に、まず自分から自己紹介するのが礼儀ってものでしょ」
挑発する玲奈。僅かでも手掛かりが得られればとも思ったのだが、無論、そんな挑発に乗る相手でもなかった。
『ふん、気の強い娘だ…。まあ、そんな事はどうでも良いさ。鎮魂機関がどんな霊能力者を送り込んでこようが気にかける必要もないからな。今日はほんの挨拶代わりだ。あとはこいつ等の相手でもしてくれ』
「ちょっと、何を一方的な…」
玲奈は慌てて相手の気配を探るが、既に霊気は消え、魔猿達は術者の支配を離れ、獣性を取り戻していた。
翼を羽ばたかせ、玲奈に襲い掛かる魔猿達。しかし、玲奈は咄嗟に手にした桜の葉を相手に飛ばす。
「それ、これでも喰らいなさいっ!!」
飛ばした葉は空中で鋭く尖った桜の枝に変わると、狙い過たず、魔猿の開いた口に飛び込み、後頭部を貫く。
魔猿達は悲鳴を上げることもなく地面に転がり、やがてぶくぶくと泡となって溶けていった。粘液質の中に、白い紙切れを見つけ、玲奈は眉をひそめながらそれを拾い上げる。
白い紙には何やら文字が書かれ、五芒星が描かれていた。
「五芒星?」
玲奈は怪訝な顔でそれを眺めるが、やがてそれをハンカチに包むとポケットにしまい込み、その場を後にした。
数刻後、玲奈はアパートに戻ると、学校であった事をダイアナに報告した。テーブルの上には玲奈が持ち帰った呪符があり、ダイアナは紅茶を入れて玲奈に渡すと、その呪符をしばし観察した。
「それ、何の呪符か分かりますか?」
ティーカップを口にしながら、玲奈が尋ねると、ダイアナは首を縦に振った。