Ethno nationalism〜決断〜-2
「どうされたんです?」
「私の部屋が荒らされているんだ」
「分かりました。警官を送ります。私も追って参りますから」
電話が切れた。
「…仕方ないな……」
現場の現状維持から、荷物をまとめる訳にもいかず、藤田は階段を降りてアパート入口の自販機で缶コーヒーを買うと、そばの植え込みに腰掛けて待つ事にした。
ふと辺りを見る。前の家に植えられた柊の赤い実を、百舌鳥が忙わしなく啄ばんでいる。
平和な日常。今の藤田には果てしなく遠いモノに思えた。
電話から15分ほどして、警官と鑑識が現れた。
しばらくの間は警官の事情聴取に応じていたが、やがて村瀬が駆けつけて来た。
村瀬は、藤田に軽く会釈してから中に入ると感嘆の声を挙げた。
「これは…またハデにやってくれたなぁ…」
藤田も、その声に同調するように、
「…まったく。どこから片ずけていいやら…」
「これだけやるとなると、相当焦ってたんでしょう」
藤田は、〈例のビデオテープ〉の件を村瀬には話していなかった。
「しかし、何故これほどに。金目の物は盗られていないのに……」
村瀬が問いかけるように独り言を言った。藤田は俯むき、険しい顔で黙っている。
「何か、〈例の事件〉に繋がるような事を隠してるんじゃないですよね?」
村瀬の言葉が藤田の胸に突き刺さる。だが、藤田は険しい顔で村瀬を見据えると、
「貴方は知らない方が良い。知れば貴方も殺される……」
そう言って藤田は黙ってしまった。
警察の現場検証も昼前には終わり、部屋は藤田だけになった。
村瀬の〈念のために夜間は警官をつけましょう〉という申し出を断り、荒らされたままの部屋から渡航に必要な物をバックに詰めると、部屋を出ていった。
タクシーが通る大通りまで歩きながら、ふと足が止まる。
(…何故〈ヤツラ〉はオレが留守だと分かったんだ?)
その瞬間、記憶が甦る。佐伯がベイルートから電話してきた時、気にもしなかったが、やたらとノイズが多かった事を。
(…ヤツラ…盗聴しているのか…だが携帯だ。どうやって?)
それは地上36,000キロに浮かんだNSA(アメリカ国務省)の通信衛星の成せる技だった。
藤田は、すぐに近くのコンビニに有る電話ボックスに飛び込むと、福岡県警中央署の代表電話に連絡して相川を呼び出した。
〈お待ち下さい〉という柔らかい声の後が長く感じられる。
(早くしてくれ)
焦れる藤田。そして接続音の後に、ようやく相川の声が聞こえた。