テーブルの上の胡椒入れ-1
よりによって、29の誕生日に、あなたと遭ってしまうだなんて。
寄り道なんてしなければ良かった。こんな事になるのだったら。
今までで一番大きい企画を任され、そのプレゼンをし終わった所だった。相手の会社の反応は上々。先方からの正式な返事は明日だが、きっとこの企画は当たる。ただの勘でも思い上がりでもない。確かな手応えとはっきりと言い切れる自信が今の私には、有る。
同期の気の置けない友人と誕生日と企画の前祝いをする予定だったが、待ち合わせ場所に向かう電車内で、彼女から
[ごめん!トラブルで一時間位遅れる!]
というメールが来た。忙しいのはお互い様だ。
[近くで買い物でもしてぶらぶらしてるわ。気にしないで。]
と送る。
そう言えば、と考える。
愛用のクリームが残り少なくなってきていたかも知れない。入浴剤もそろそろ変えてもいい頃かも。いや、今日は誕生日だ。もっと何か思い切ってお金を使うような物も買いたい…
取り敢えず、大手百貨店に入る。店内はクリスマスムード一色だ。今の今までクリスマスなんて忘れていた癖に、きらびやかな飾り付けに何だか気分が高揚する。
その時だった。
そのざわめきに有り得ない、モノを見た。
化粧品売り場で、明らかに浮いている男。
あなただった。
久しぶりに見たあなたは、くたびれた鞄と安っぽいスーツ姿でずらりと並んだルージュの前を、落ち着きなくうろついていた。
店員がすかさず、声を掛ける。
「クリスマスのプレゼント、ですか?」
「あ、あぁそうなんだ。妻に…」
「それは素敵ですね〜!」
「しかし、どれがいいのかなんてさっぱり解らなくて。全部同じに見える。」
今でも変わらない、困ると頭を掻く癖。
「奥さまがいつもつけていらっしゃる色とかご存知ですか?」
「いや〜どうだったかなぁ。」
また頭を掻き、あ!と言って店員に携帯を見せる。
「まぁ可愛い〜!奥さまとお嬢さまですか?」
「あぁ、まだ2歳で、だけどもう……」
いきなり多弁になるあなたを背にして、私は立ち去った。
「柔ら‥ピンク系の…ですとか…」
店員の声が後を追って来る。結局、何も買わず店を出た。
あの人は、もう結婚していたのだ。
家庭的な、女と。ピンクの似合う可愛らしい、女と。
爪を噛みそうになって手を引っ込める。異様に動揺している自分自身に苦笑する。
それがどうしたというのだ。
どう見ても、課長止まりの風采、妻への贈り物ですら自分で選べない男。付き合っていた当時から同い年の癖に、よく自分が年上の様な気がしたものだった。
今の私には、明らかに釣り合わない、つまらない男だ。