――俺は。-1
ドッペルゲンガーという言葉がある。 自分と同じ姿をしたモノ。もしその‘自分’と出会ってしまったら命を落とすといわれてる。
――ただのうわさだ。
――都市伝説でしょ?
――どうせなら見てみたいね。
人は自分じゃない‘自分’を信じない。
だが確かに、この世にはいる。
とても不安定な、不条理な、ドッペルゲンガーが。
――1?――
『…………はぁはぁ…』
暗い町の中を男が走っている。 すでに時刻は12時を過ぎているにもかかわらず男はひたすら走り続けていた。
必死に、何かから逃げるように。
『はっ、そんな……あの顔は…はっ、…うわっ!!』
走りながら後ろをしきりに気にしていた男は、大きく転倒してしまった。
すると、逃げてきた方から声が聞こえてくる。
『斎藤宏光。32歳。 他には……まぁいいや……あぁ、一般的な会社員で…一般的な父親で…一般的な死に方する感じだよねあんた。』
街灯に照らされ、自分を追ってきた者を斎藤は見た。
‘自分’
自分?自分?
『え……あ………』
俺の顔。俺のスーツ。俺の誕生日にもらった腕時計。
全部俺?
『なんだおまえはっっ!!』
『斎藤宏光でしょ……。どう見ても……。』
『うあっ……あぁ……バカな!違う!違う!!誰なんだ!!』
叫び続ける斎藤を、もう一人の‘斎藤’は見ていた。混乱している斎藤を澄んでいるのか、それとも濁っているのか。そんな目で見ていた。
そして‘斎藤’は言う。
『怖いよね、怖いよね。でも俺も怖いよ? 気付いたら‘誰か’になっているんだ。 この前は女だった。その前はオッサンだった……気がする。 人によって世界が変わるんだ。 その人の世界が怖いんだ。なんで?なんで??俺はなに??? 女の時は首しめてた。オッサンの時は刺してた。斎藤宏光。あんたの時は??殺したくない。殺したくないよ?俺は誰ですか?次は誰ですか?』
理解できない、斎藤はそう思った。そのモノの片手に持ってるのを見て、叫ぶのも忘れて、恐怖という感情が斎藤を支配した。