Ethno nationalism〜契り〜-1
ー早朝ー
大濠公園。福岡市中央区という都心部に有りながら、外周2キロに及ぶ大池をメインにした周辺に遊歩道と木々に囲まれた市民の憩いの場。
周辺地域が高級住宅街とあってか、比較的治安も良く、朝は散歩やジョギングに汗を流す近隣住人が多い。
坂野遼一、美咲夫妻も仲良く公園を駆けていた。
遊歩道をゆっくり1周するのが2人にとって毎朝の日課だった。
吐く息が白い。凛とした空気をいっぱいに吸いながら、すがすがしい気分で駆ける2人。
「ねえ、あなた。アレッ」
美咲が先に気がついて指差す。それを遼一は凝視した。
「…うむ……変だな…」
50メートルほど先だろうか。ベンチに男が座っているのだ。
早朝、ジョギング仲間がトレーニングウェアでベンチに腰掛けているのなら不思議は無い。
だが、その男はガンメタリックのスーツに黒い中折れ帽を真深に被り、眠るように首をうなだれていた。
2人は男のそばを通り過ぎながら、じっくりと観察する。男は周りの喧騒にも微動だにしない。
遼一が立ち止まった。
夏場ならこうゆう光景も有るかもしれないが、初冬の朝の冷気の中、あり得ない。ひょっとして酔っ払っての凍死もあり得る。
遼一は美咲を伴ってベンチに近寄った。
「もしもし?…大丈夫ですか」
遼一は男のそばで声を掛ける。美咲は夫の影に隠れるようにして、覗き込んでいた。
しかし、男の反応は無い。
遼一はさらに大きな声を発した。
「もしもし!大丈夫ですか!」
声と同時に男の肩に手を掛けた遼一。
その瞬間、男の身体はグラリと揺れてベンチに横倒れた。〈ガタン〉と音を立てて帽子は頭から飛んで転がった。
「いやあああぁぁーーーッ!」
美咲は蒼白の顔で、断末間のような悲鳴を挙げた。遼一も身体を震わせている。
男は、ろう人形のような顔で白眼を剥いていたのだ。
村瀬広海は朝から憂鬱な顔で現場に向かっていた。このところ、暴力団同士の抗争事件で、満足に寝ていないためだ。
(せめて、あと1時間眠れれば……)
だが、彼同様に彼の仲間も同じ立場だった。
福岡県警中央署 刑事局捜査1課。それが彼の職業だ。
都心部のド真ん中にある警察署なのだが、特別捜査班として加わっていた。
こめかみ辺りがズキズキと痛む。〈経験からこんな日は、1日憂鬱な事が起こる日だ〉と、村瀬は感じていた。
途端に無線が鳴りだした。村瀬は〈やっぱり〉という諦めの表情で通話ボタンを押した。
無線は、彼の上司である課長からだった。