Ethno nationalism〜契り〜-8
「…たまたま、知り合いが紹介してくれたんだ。ここは絶景だって。今日来て見て実感出来たよ」
「それに料理も美味しいわ。私の料理とは比べ物にならないくらい」
「喜んでくれたなら嬉しいよ。でも、静代ちゃんの料理とは比較出来ないよ。
コレはご馳走だ。毎日食べるモノじゃない。静代ちゃんのは家庭の味だ。オレは家庭の味の方が大好きだよ」
その途端、静代は俯いてしまった。
「ボクには煮付けの方がありがたいよ…」
「…あんなの…いつでも作ってあげるわよ」
俯いたまま答える静代を見つめ、藤田は心の奥に隠していた想いを告げそうになる。
それを喉元に留めて、
「実は君が着替えに帰ってる時、オヤジさんから言われたんだ」
静代は思わず顔を上げて聞き入る。
「…お父さんが…?」
頷く藤田。
「君の過去を語って、君と結婚しろって…」
藤田の言葉に顔を赤らめる静代。
「お父さんったら……」
だが、いやな顔はしていない。むしろ望んでいるような目だ。
藤田は静代の目を見据えて言った。
「…ボクはまた紛争地域に向かう。いつ死ぬかも知れない。いつ戻れるかも分からない」
そして、深く深呼吸をすると言葉を続けた。
「ボクみたいなのは、人を好きになっちゃいけないんだ」
その言葉を聞いた瞬間、静代はすがるような瞳を藤田に投げ掛けた。
「…それでも…それでも良いと私が言ったら?」
静代は潤んだ瞳で、絞り出すような声で言った。
だが、藤田は冷酷とも思える言葉を口にする。
「それは君の自由だ。だが、相手の気持ちもある訳だから……」
絶望的な言葉。
それとは対象的に、夜景は煌々と輝いていた。
ー夜ー
村瀬は昨日作成した報告書を課長のデスクに置いた。それは〈佐伯栄治殺害事件の特別捜査班〉設置のための上申書でもあった。
これまで彼が集めた膨大な情報や、検査報告を添付資料として作成された数十ページに及ぶモノだった。
(これだけのモノだ、必ず特捜班が作られる)
村瀬には自信があった。報告書通りならば、国際犯罪へと結びつく可能性が有るからだ。
夜半。静代の自宅前にタクシーが停まる。ホテルでの食事を終えた帰りだ。
「今日は楽しかったわ」
静代の言葉に藤田は笑みを浮かべる。
「喜んでくれて良かったよ」
藤田が右手を差し出す。静代は両手で握った。
藤田の指に冷たさが伝わる。両手で静代の手を包んだ。
「ナオさんの手、暖かい…」
2人はしばらく佇んでいた。