忘れてしまった君の詩・2〜プロローグ〜-4
「そうでもなかったわ。寧ろ、彼の班が一番悪い出来だったわね。彼、裏方の仕事ばかりしていたから」
「えっ、どうして?」
私の疑問に、彼女は数瞬、考えるような素振りをして、
「さあ。本人は『家事なんてウチだけでまっぴら』なんて嘯いてはいたけど……多分、周りに遠慮したんじゃないかしら?」
「遠慮……ですか?」
「ええ。だって、彼はやろうと思えばそれをひとりででもできるわけでしょ? でも、そうしたら周りのやることを、カレーを作るという機会を根こそぎ奪ってしまうことになるかもしれない。誰だって、自分より優れた人がいたら、つい頼りたくなるものじゃない? 彼はそれが嫌だったんでしょうね。
このメモにしたって、私が落ち込んでいたから用意してくれたのであって、きっと彼にしてみれば出しゃばるつもりなんて、本当はなかったんじゃないかなって、私は思うの」
黙りこむ私に、彼女はなにを感じ取ったのか。その目を優しく細めた。
「彼はそういう子よ。人の気持ちを慮れる優しい子……だからかしらね。彼には人一倍、幸せになってもらいたいなって思うの。
こんなこと、ただの一教師に過ぎない私が言うのも、なんだかおこがましいことかもしれないけどね。でも、貴女もそう思わない?」
そう訊ねた彼女に、私がなんと答えたかのか……今となっては定かではない。
霞のかかったような記憶のなかで、「そうですね」と曖昧に頷いた覚えがあるだけだ。
だが、今の私にそんな胡乱な答えは許されない。
私はあの時のような傍観者としてではなく、最も近い当事者として彼に携わっているのだ。
それは同時に、彼の幸せを願うだけではなく、彼の幸せを叶えるための努力をする立場になったということでもある。
私は彼がなにを望み、なにを望まないのか、この世の誰よりも知る必要がある。
それが彼を幸せにするための最短の道であり、最善の方法でもあるのだから。
けれど、最近――フトした拍子に、たまらなく不安にかられることがあるのだ。
――もしかしたら、そう言っている私自身が、彼にとって一番の重荷になっているのではないか、と。