『ぼくをかいませんか side-T』-1
「桃子(トウコ)、別れよう」
…え?何?
目の前の彼が、何て言ったのか理解出来ない。
「桃子は強いから…俺が居なくても大丈夫だろ。」
…何?
『桃子は強いから』
『俺が居なくても大丈夫』
…私が、強い…?
私は茫然と、去っていく男の背中を眺める。
午後10時。キラキラとうるさいくらいに輝くネオンの中、私は一人立ち尽くす。
さっきまで私もこのネオンの中で、キラキラとした笑顔を浮かべながら彼と居たのに。
いつもみたいに食事をして、腕を組んで街を歩いて。
なのに。
足がそこに張り付いてしまったみたいに動かない。
心が砕けてしまったみたいに痛い。
だけど涙が出ないのは…
――私が強いから?
狩谷 桃子(カリヤ トウコ)、28歳、独身。
もぉそこそこいい年なんだもん。自分で何だって完璧に出来て当たり前じゃない?
職場でもたくさんの部下に囲まれて、てきぱき指示を出さなきゃいけない。
仕事で男には負けたくない。
そんな気持ちが、私を『自立した女』にした。
でも、
仕事の出来る女は強い女?
強い女は一人でも大丈夫?
違う。
違うよ。私はちっとも強くない。一人じゃ淋しくて居られないよ。
好きなのに
それを可愛く口に出来ない。
可愛く泣いて、すがりつくことが出来ない。
甘えることが出来ない。
甘え方が分からない。
「私…ちっとも強くないよ」
本当はこの場に泣き崩れてしまいたい。
そう出来たらどんなにラクだろう。
年を重ねれば重ねる程に弱音は吐けなくなった。
何だろう…大人のプライド?
こんな私、可愛くない。
でも仕方ない。
可愛い女にはなれない。