ベルガルド〜美しき恐怖〜-1
「ごめんね、カイ様。こんなことになっちゃって…」
セシルが申し訳なさそうにカイに謝る。
「いや、あの二人なら大丈夫。僕は心配してないよ。それより足の手当てをしないと…近くの町まで行こうか。」
そう言うとカイはしゃがみ、セシルの方へ背中を向けた。
「え?」
「おぶって行くから早く背中に…」
「キャーーーーー!!」
セシルは叫びながら、カイの背中を思い切り蹴っ飛ばす。
もちろん、怪我していない方の足で。
「な、な、な…いきなりそんなの無理無理っ!!!」
カイは前のめりに倒れたまま、しみじみと、先が思いやられるであろうことを確信したのであった・・・
*
「すっかり暗くなっちゃったわね。あの二人大丈夫かしら…」
二人は暗い山道を歩いている。日は既に沈んでおり、月明かりだけが頼りとなっている。
トゥーラは心配そうに後ろを振り返るが、馬車はすでに遠く離れてしまっているので、見えるはずもない。
「そんなに心配なら残れば良かっただろ。」
冷静に答える赤髪赤眼の少年。彼はトゥーラのことなどお構いなく、サクサクと前進するのみだ。
「…セシルの心配じゃないわ。あぁ見えてあの子、男の人が苦手みたいだし。カイを困らせてないか心配だわ。」
「ふん、あいつは困るのが仕事みたいなもんだ。」
身も蓋も無いベルガルドの言い方に、トゥーラは少し笑ってしまった。
「お前…」
「何?」
ベルガルドは一瞬こちらを振り返るとすぐに前に向き直った。
「いや、なんでもねぇ…」
「何よ。気になるから言いいなさいよ。」
この少年が何かを尋ねてくるのは滅多にないことなので、トゥーラは興味をそそられる。
「お前、なんでその歳で女王になった?」
少女の顔が強張った。
「別に話す必要はない。聞いてみただけだ。」
トゥーラは微笑む。
「…たいした話じゃないわ。ただ他にいなかったというだけの話よ。」
「前王であるサグリットが健在にも関わらずか?」
「…もう何年も前に母が病に臥して、それ以来父も元気がなくなってしまったわ。…とても仲が良かったから。それで異例のことだけど、私が王位に就いたの。」
ベルガルドは眉をひそめた。
「それだけか?」
「…。本当は幼くて女の私に王位を継ぐのは嫌だったでしょうね。だけど王族以外に任せることは出来ないから…仕方ないわ。」
釈然としないながらも、ベルガルドはそれ以上問い詰めようとはしない。トゥーラの表情は先ほどまでと比べると曇ってしまったようだ。
その時、木々の間に光が見えた。
二人は小走りでその光の方へと向かって行くと、暗い道の先に明かりが灯っている。そこには、石造りでできたアーチ型の橋があり、橋の始まりと終わりの部分を電灯が照らしていた。その下には川があるようで、微かではあるが水の流れる音が聞こえてくる。
「川の向こうがサンドールよ。川下の方はヨンウォン教の教会があるから、そこも行く価値あるかもしれないわね。この時間じゃあ聞き込みはできそうにないけど。…?」
街を見つけた割にはベルガルドの顔は険しく、目を凝らして橋の向こう側を見ている。
「どうかしたの?」
「いや、誰かいたような気がしたが…」
「良かったわ、ベルガルドの弟のこと聞けるじゃない?行きましょう。」
「ちょっ、待て…」
制止の声も聞こえず、トゥーラは勇ましく橋を渡り始めた。