カイロ-1
その男は立っていた。ただ、空を見上げてじっと立っていた。
その男の名前は志賀直人、その小汚ない風貌からホームレスじじぃと私は友達とバカにしていた。奥さんと娘に先立たれ、覇気が抜け廃人同然になってしまった彼を兄夫婦が引き取ったらしいのだが彼らの生活もまた決して裕福な物ではなく、彼はいつも奥さんに邪険にされているのであった為に彼は外で学生に遭遇することが多いからそのようなあだ名も自然とついたのだ。
その日の私はいつもよりちょっと早起きをして、抜け道の公園を通り中学校に向かう途中であった。私が手に息を溜めながら丁度そのホームレスじじぃの前を通るとそれまでぼーっとしていた彼が急に話しかけて来た。
「嬢ちゃん、寒いのか?」
ビクッとした私はゆっくりと振り向く、普段は無口であり、バカにしても何も言わない彼が話しかけて来たこと事態も一大事なのだがそれ以上に今は一人、普段の事を今復讐されたら一溜まりもないのだ。何も喋らない人だっただけにその行動も未知数なのである。
「う、うん…ちょっとだけ……」
それを聞くとホームレスじじぃはおもむろにポケットから使い捨てカイロをだし、無言で私に差し出した。
私は意外な彼の行動に何を意味するのか分からずキョトンとしてしまっていた。
「ほれ、朝は特に寒いんだ。風邪ひくぞ?」彼は私の手をとり、カイロを握らせた。
それは冬の朝にはなかなか無い、暖かさであった。
私が慌ててお礼をしようとすると彼はもういなく、手の中にはその暖かいカイロだけが残っていた。
後日、母親にその事を言うと大変驚かれた。彼はなんと一週間も前に亡くなっていたのだ。雪山にて先立たれた娘のお墓に、カイロをお供えしに行く途中の出来事だったらしい。
彼は最後に、私の姿を娘と重ね合わせたのかもしれない。彼の優しい内面を知らずにバカにしていた私の心にチクリと棘が刺さった気がした。