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春雨
【純愛 恋愛小説】

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春雨-2

「…お姉さん、もの少ないですね」と、言うと彼女は包帯を巻く手を一時止め、 「…来月、引っ越すから必要最低限しか置いてないのよ」と、言った。 「一人暮らしでしょ?」 「ええ」 「転勤?」 「ええ。 実家から通う事になるから家具は必要ないの」 「実家どこ?」 「東京よ」 淡々と答える彼女。俺の質問には答えるが自分からは何も聞かなかった。 手当てが終わり、彼女が救急箱を手に俺に背を向けたとき、 「…何も聞かないんだね」と、俺は呟いた。
しばらくして紅茶の入ったティーカップを二つ持って戻ってきた彼女は、俺の前に片方置き、 「聞いて欲しいなら聞いてあげるわよ。」と、言って俺の正面に座った。 「……お姉さん変わってるね」 「貴方の方が変わってると思うけど?」と、表情一つ変えずに彼女は言った。 「とりあえず、名前教えてちょうだい」 「…彰太(ショウタ) お姉さんは?」その時、なぜ自分が偽名を名乗ったのかは自分でも分からない。 「…春美。 高校生?」 「お姉さんはOL?」 「えぇ…もう21。」 そう言って彼女…春美さんは苦笑した。 彼女も偽名を名乗っている可能性は0ではない。 だが、それは俺には分からない。 「服が乾いたら送ってあげるわ。 家に連絡入れなくて平気?」 「どうせ誰も居ないから」 「なら平気ね」 彼女はアッサリと言い放ちティーカップを口に運んだ。 . 俺の素性を知らないせいもあるだろうが春美さんはただの一人の人間として俺に接してくれる。 それが嬉しかった。 「…何で人は群れたがるのかな…」 俺の呟きに、彼女は 「弱いからでしょ」とキッパリと言い切った。 「でも、そんな人間達でも相手しないとね…。 私達は決して一人では生きていけないし、自分にも弱いところはあるんだから・・」 彼女は窓の外に視線を遣り、溜め息混じりの声で言った。 「…自分の弱いところ…」 「まずは自分の弱いところを認めなさい。 そうすれば少しは変わるわよ。 ま、私の内面は変わらなかったけど…。」 彼女の言葉に俺は思わず吹き出した。 「…それじゃダメじゃん」 「ダメだったものは仕方ないでしょ。 ま、表面的には変わったから良いのよ。」 「…上辺だけってコト?」 「…そうとも言うわね」 . 彼女の言葉で俺の中の何かが変わり始めていた。 彼女のコトをもっと知りたいと思った。 異性として気になるのではなく…人間として。 「仕事何してるの?」 気が付けば俺の口からそんな言葉が出ていた。 「公務員よ」 「公務員なのに転勤?」 「色々事情があってね」 彼女は多くを語ってはくれなかった。 俺は何も言ってないんだから仕方ないと思うが、少しは悲しかった。 「…目が変わってきたわね」 一瞬、彼女が何を言っているのか分からず、首を傾げると 「…さっきまでの目は死んでたわ」と淡々と言われた。 「・・・また、来ていい?」 俺の質問に彼女は 「来月までの月・水・金19時以降なら」と、答えてくれた。 多くは聞かないし語らない春美さんと居るこの空間が心地よかった。 . その後、月・水・金の週三日俺は春美さんのマンションを訪れた。 訪れる度、彼女の部屋の家具が減っていた。 この部屋で彼女と過ごせる時間が少ないことを否応なしに痛感させられる。 俺は相変わらず偽名を名乗ったままだった。 心を開いていないわけではなく、今更訂正できないだけだ。 彼女も最近は少し笑顔を見せてくれるようになった。しかし、俺はまだ春美さんのコトを詳しくは知らない。 いつものように話しながら紅茶を飲んでると 「ちゃんと学校行ってるの?」 会うとき、いつも私服だからだろうか…春美さんが俺に尋ねた。 「行ってるよ? 毎回、一回家帰って着替えて、遅くなる…って言ってから出てきてるし」 「そう。勉強は?」彼女が意地悪な笑みを浮かべていってきた。 「やってるよ? …てか、俺頭いいよ?」と、答えれば、 「知ってるわよ」と、即答された。 . 彼女の言葉に俺は驚き、目を見開いた。 「何、不思議そうな顔してるの?」何も言えず、暫く固まっていた俺に彼女は笑いながら言った。 「……勉強のコト話したことないよね?」 「聞いたことないわね。 …でも、悩む内容が人間的に賢い人間の悩みだったもの。 賢いに決まってるわ」 「ま、私の偏見だけど…」と、彼女は続けた。 春美さんは21、俺は17…この年の差はどう足掻いたって埋まらない。 …けれど、彼女にほんの少しでも近付けた気がして…少し、嬉しかった。 「ありがとう」と、俺が言えば、 「どう致しまして」と微笑んで返された。 「…あ、もう茶葉ないんだっけ…」 ティーポットの茶葉を換えようとして立ち上がった春美さんがそう呟いて足を止めた。 「茶葉?」 「そう。 気に入ってたんだけど…買い置きするの忘れてて…」 「春美さん紅茶好きだね。…あれは、アールグレイだよね?」 俺の言葉に今度は彼女が目を見開いた。


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