Ethno nationalism〜激動〜-4
「もちろん黙ってはいないでしょう。ヘタすりゃ支局縮小だって考えかねない」
〈支局縮小〉がよほど堪えたのか、支局長はしぶしぶ佐伯の言葉を受け入れた。
佐伯はすぐに本社へとメールを送信した。
しかし、いくら待っても本社からの返信が来ない。業を煮やした佐伯は本社の海外統括部へ直接連絡した。
「…海外統括部です」
「ベイルート支局の佐伯ですが」
佐伯は先日送った商談の件がどうなったのかを聞いた。
その答えは意外なモノだった。
「イスラエル政府の注文書とレターオブインセント(意思表示書)は貰ったのか?」
「いえ、まだです」
本社の担当者は鼻を鳴らすと、
「じゃあ話にならん。単なる儲け話なら1日100通は世界中の支局から届くからな」
そう言うと一方的に電話を切られた。
夜。佐伯は行きつけのバーでファーガソンと会っていた。
「すまなかった。オレの力じゃダメだった」
弁解する佐伯に対して、ファーガソンはまったく気にする様子も無く、
「気にするな。日本企業は契約にはうるさいからな。時にはレターオブインセントなど残せない場合もあるんだ」
「だが、オレには今でも良いディールだと思っている」
「イスラエル政府が買ったとなると、隣国のアラブ、イスラムが黙ってないだろうからな」
そして、佐伯の顔をジッと見てファーガソンは言った。
「アンタ、オレ達の仕事をやって見ないか?」
佐伯はショットグラスを傾けながら、笑って答える。
「何だい?そりゃ、ヘッドハンティングかい」
だが、ファーガソンの目は笑っていなかった。
「私の見たところ、アンタは情報の持つ意味が分かってる。
ほとんどのヤツはそれが理解出来ずに逃がしちまうんだが……」
「アンタのところも商社じゃないのか?」
佐伯の疑問に、ファーガソンは真剣な目をすると、
「表向きはな。本業は中東で飛び交う情報を集め、世界中の顧客に売っている」
「面白そうだな……」
「面白さは100パーセント保証する。何しろ知力を尽すのだからな」
その言葉に佐伯はテーブルを立つと、ファーガソンに右手を差し出した。
「よろしく頼みます。ボス」
「こちらこそよろしく。エイジ」
2人は強いグリップで握り合った。
それから11年。ファーガソンの下で仕事を学びながら、佐伯は成長していった。
何より、ネゴシエーションに長けた彼にとって水を得た魚のごとく、仕事が面白かった。
5年目にはファーガソンの勧めで独立した。それが今の会社だ。
《長らくのご乗車ありがとうございました。間もなく、新大阪に到着致します》
柔らかな女性の声のアナウンスに思いを遮られた佐伯は、わずかな手荷物を持つと、席を立ってデッキへと姿を消した。