Ethno nationalism〜激動〜-3
〈マサダ・カンパニー〉と社名の他にはファーガソンの名前だけの名刺を佐伯は不思議そうな面持ちで眺めて、
「マサダとはスゴい名前ですね。確かユダヤ人が最後までローマ帝国に抵抗した砦の名前でしょう」
「その通り。私が作った会社への思いでね」
ファーガソンはにこやかに答えると、
「そういう君も、ベイルートの繁華街に通ってビジネスネットワークを作ろうとしているようだが?」
瞬間、佐伯の目から笑いが消えた。それを読み取ったファーガソンの方は余裕の表情だ。
「本題に入ろう。君とビジネス・ディールを組みたいんだが」
「オッケィ・シュート」
佐伯はファーガソンを促しながら次の言葉を待った。
「3次元計測器と吸光度探査器を購入したい。その分野で日本製品は優れてるからね」
佐伯にとっては願ってもないオファーだ。
しかし、彼は冷静だった。
どちかも軍事転用可能な機器だからだ。
佐伯は静かな口調でファーガソンに答える。
「非常に有難いオファーだな。ウチにとっては数千万ドルのビジネスだ。ところでミスター・ファーガソン。このエンドユーザーは何処なんだ?」
佐伯の言葉に、ファーガソンは真剣な目で言った。
「どちらもテルアビブの国立病院だ」
「テルアビブという事は、イスラエル政府か?」
ファーガソンは大きく頷きながら、
「政府が相手だから支払いの心配は無い。お互いに最高のディールだと思うが」
「まったくだ。ミスター・ファーガソン。アンタの連絡先を教えてくれ。明日にも本社と掛け合ってすぐに連絡するから」
ファーガソンは電話番号を名刺に書き込むと、佐伯に渡しながら、
「吉報を待ってるよ。ミスター・サエキ」
ファーガソンの言葉に佐伯は、
「心配するな。これだけの話だ、本社だってオッケィを出すさ」
そう言うと佐伯は右手を差し出した。ファーガソンは力無く握りながら言った。
「だと良いがな……」
翌日。佐伯は支局長に昨晩の出来事とファーガソンの名刺を見せた。
だが、支局長はまったく乗り気では無かった。
「こんなうさん臭い仕事、何処から取って来たんだね?〈マサダ・カンパニー〉なんて聞いた事も無いよ」
「ですから最終的な購入先はイスラエル政府で、その会社は仲介役なんです」
「しかしねぇ、新規の会社だろう。身辺調査をしてからでないと。それに我々も本社の仕事で手いっぱいだし……」
佐伯は呆れた。大した仕事も無いクセに、目の前の儲け話を諦めようとしているのだ。
「支局長。もし我々が諦めて、イスラエル政府が他の日本商社から購入したが、最初にウチに話が来ていた事を、本社の連中が知ったらどう思いますかね?」
佐伯の言葉に支局長の顔が青ざめた。