Ethno nationalism〜激動〜-16
キンメの煮付け、アサリ貝の味噌汁、ほうれん草の白和え、おろし大根とジャコの和物。それに炊きたてのご飯。
父親との2人用なのか、小さなテーブルには所狭しと静代の手料理が並べられていた。
「…じゃあ……食べようか」
「うまそうだ!食べよう」
静代はやや緊張の面持ちで、藤田は久しぶりの家庭の味を喜ぶように言った。
ただひとつ誤算があった。父親の慎也が居なくなっていたのだ。
正確には2人が買物を終えて自宅に戻ってみると、テーブルに慎也からの書き置きが有り、〈会合で左神さん家に行く〉と書かれてた。
静代によると〈会合〉とは名ばかりで、要は近所の仲間と飲んでいるらしい。
偶然とは言え、慎也が居ないとなると、藤田と2人で夕食を摂る事になる。
静代は胸の中で慎也に感謝した。
「はい、たくさん有るから」
ご飯をよそった茶碗を静代が手渡す。藤田は受け取り、〈いただきます〉と言うとキンメの身をひと切れ口に運ぶ。
煮汁をたっぷりと吸ったキンメの甘味が口に広がる。
「うまい!久しぶりだ。煮付けなんて。ご飯が進むな」
ご飯もキンメ同様、噛むほどに甘く食感が絶妙だ。
藤田はしきりと〈うまい!〉を連呼しながら次々と料理を平らげていく。
そんな姿を静代は、目を細めて柔和な顔をして眺めていた。
どのくらいの時間が経ったのだろうか。佐伯は意識を取り戻した。
「……!な、なんだ。これは」
自分の置かれた状況がまったく把握出来ない佐伯。彼は今、目隠しをされてイスに座り、手足どころか身体全体を拘束されていた。
「お目覚めかね。ミスター・サエキ」
突然の声。まったく訛りの無いキングス・イングリッシュ。
「ここは何処だ!何故、オレがこんな目に遭っているんだ!オマエは誰だ!?」
男は苦笑いを挙げる。
「そう、いっぺんに聞かれても困るな……ここは我々のパッドだ。防音は完璧な部屋だ。それと私の名前は教えられないな」
そこまで、おどけた口調で答えていた男の声が、急に低く鋭くなった。
「最後は〈何故こんな目に遭うのか〉だったな……」
佐伯は静かに聞いていた。どこかで聞いた声だ。必死に記憶の糸を探っていく。
「君には失望したよ。もっと頭の良い奴と思っていたが……」
その時、記憶が繋がった。