飃の啼く…第20章-10
「その“不安”なんとかについては良い。せっかく来たのなら手伝ってくれないか?早く着替えてしまいたい。」
ちょっと不機嫌そうに飃が言った。無闇に帯を解こうとして余計に絡まってしまっている。私はぷっと吹き出して、飃の傍に座った。
「でもね。」
見事な帯を、丁寧に解く。飃は意外と不器用なんだな…いや、意外、ではないか。
「凄くかっこよかったよ、飃。」
私のほうが何だか照れてしまって、俯いたまま教えてあげた。一つ目の帯が解けて、締め付けから開放された飃が息をつく。
「なら…ならばいい。」
二つ目の帯が取れて、ようやく一番上の袍を脱がせることが出来た。
「これからも毎年あの舞台に立つと思うと…だが、お前がそういうのならまだ耐えることも出来るからな。」
もう少し手伝おうかという私の申し出に、飃が目でにやりと笑った。金色の目が悪戯っぽく光って、誘ってくる。何が言いたいのかがよくわかったので、私は大人しく後ろを向いて彼が着替え終わるのを待った。こんなところで始めたら、関係者各位に申し訳が立たない。
しばらくまたいらだたしそうなため息混じりの格闘が背中の後ろで繰り広げられていて、数秒後、何かが破れるような音を聞いたように思った。まぁ…あの綺麗な帯と衣は無事だ。そう思って口を出さずにおいた。
「お風呂に入ったら急いで着替えなきゃ間に合わないんでしょ!?」
焦っているのは私だけだった。
気付くべきだったのだ。風呂の出口で待っていた飃が、私の浴衣姿をじぃっと見ていた時に。今、部屋に戻ってさあ着替えなくちゃという段になって、飃がそれを渋った。
「時間はあとでいくらでも…」
答えはなかった代わりに、キスが返ってきた。触れた唇は柔らかくて、何故か何度でも驚くことが出来る。もう一度、口付けをかわそうかと一瞬躊躇する私の頭に手を当てて、飃はもっと深く、私を求めてきた。彼自身の意思の外にある何かに突き動かされるように、彼は私を押し倒した。はだけた浴衣からのぞく肩に、ゆっくりと舌を這わす。焦らすような速度なのに、焦らされているのは彼自身であるかのように、熱い息が漏れている。
「…ぁ…ぅ…。」
耳を嘗められて、自分の耳がどれだけ冷たかったのか気づく。同時に、飃の舌が熱いといっていいほどなのも。私だって、今すぐ飃が欲しいくせに
「今からまたお祭りがあるんでしょ…今度は狗族だ…」
私の忠言を、飃は口でとめた。
「身内の集まりだ、少しくらい遅れてもかまわん。」
飃は、私の身体の上に馬乗りになって、手は帯を解きながらじっと私を見た。私は恥ずかしくなって前を隠そうと手を上げる。