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不確かなモノ
【大人 恋愛小説】

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不確かなモノ-6

「今日の勤務は、何時までですか?」
会計を済ませながら、霜村がいきなりそんな事を言う。
この男の辞書には、“TPOをわきまえる”という言葉なんて無いのだろうか?
いやいや、それ以前に、そんなプライベートな事を答えてやる義理は無い。
私はスッと、一枚の紙を差し出した。
「クレジット会社へのご請求金額を確認して頂いてから、此方にサインをお願いします」
霜村は私が差し出した紙を見るなり、ペンを持ったまま手を顎にやった。
言葉をサラッと無視された事に、この男が気付かない訳が無い。
「教えないつもりですか…まぁ、良いでしょう。貴方が来ようと来まいと、何も変わりはしないのですから」
だったら、最初っから訊かないでよ。

「今夜、駅前でイルミネーションの点灯式が有るのはご存知ですか?」
駅前の…イルミネーション?
あぁ、アレって今日だったんだ?
「実は、李鈴さんがゲストで参加する事になってまして…宜しければいらっしゃいませんか?どうせ暇でしょう?」
……ったく、一言余計なのよ。
「初見さんの為に特等席用意して待ってますから、是非来てくださいね」
そう言って霜村は、言葉とは対照的に、私に挑発的な視線を向けている。
こんな誘い、受ける訳が無い。
霜村に関わって、何度痛い目に…と言うか、何度唇を奪われたか分からない。
この男…絶対にまた何か企んでいる。
絶対に行くもんですかっ!


絶対に行かない…霜村の誘いになんか乗らない……そう思っていたのに、気付いたら、足が点灯式の会場へと向いていた。
しかも、小牧 李鈴目当ての人混みの中で霜村の姿を探しているなんて…馬鹿げてる。

帰ろう…そう思った時、ステージの脇に立つ霜村の姿を見つけた。
アイツは目を細めて、眩しそうに壇上の小牧 李鈴を見つめている。
優しい眼差し…私には絶対に、あんな表情を見せたりしない。
たぶんこれが、彼女と私との一番顕著な違いなんだろう。

改めて思う…霜村にとっての、私って何?
一つだけ確かなのは、私は恋人には成り得ないってコト。
かと言って、ただの知人な訳でもない。ただの知人がキスなんて、する筈無いから。
じゃあ、なんでキスするの?
私をいじめる為のただの手段?
だったら、他にも方法はいくらでも有るじゃない。気が無いクセに、キスなんかしないでよ。

霜村が分からない。
霜村にとっての、私の存在が分からない。
間違ってもあんな男…私は好きになんてならない。
それなのに…なんで涙なんか出るのよ……

私は、ステージに背を向けた。
私にとっての霜村は、嫌な男で…それ以上でもそれ以下でも無い。
何が有っても、それは同じ。
私達の関係が変わる事は、絶対に有り得ない。自信が有る。
きっとこれからも、霜村は会う度に私の唇を奪うだろう。
でも私達は、『恋人』じゃない。
ましてや『友人』でも、『知人』でもない。
私達の関係は曖昧で、どこまでも…不確かだ。

私は目に染みるイルミネーションの光を横目で見ながら、冷たくなった手にハァッと息をかけた。
もう冬はすぐそこまで来ている。
今年の冬は…例年以上に寒そうだ……


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